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2009年3月

Heart sutra

人は、傷つけられ、時に図らずも人を傷つけてしまう。この世に生き、行為によって、行為を浄化して彼岸に至るのは、時に困難ではないかと思うこともある。逆にますますカルマが溜まっていってしもうのではないかと。  そんな時に、このHeart sutraの曲を聴くとほっとする。普段、唱える般若心経と違い、やさしくやわらかい。すべてを抱擁し、許してくれるようなそんな気持ちになる。  中国とうのは、大陸だけあって、やはり感性が違うのだろうか。そういえば、太極拳もおおらかですべてを包み込むような動きだ。  この世でどんなことがあろうとも、一切は空と心から感じることができる時に、すべての苦しみから解放されるのだろう。すべての人が空の世界で一体に溶ける日が来ますように!

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喜びの泉が心臓からわき上がる

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 般若心経を寝ながら唱え続けるとどうなるか。今朝方、心臓から泉がわき上がるようになんともいえない喜びに包まれた。それは、こころにわき上がった温泉のようであり、そのなかにひたるとしだいに、心が溶けて癒されてくる。全身の力が抜けるようだ。

 心の中心が花開き、そこから喜びがあふれ出てきたようだ。今でも意識を心臓に向けると喜びに包まれる。思考は停止しし、ただ光だけがある。

 こうした内的な喜びに気づけば、外にあるのものは、なんの意味もない。酒やたばこ、ドラッグや薬にたよる必要もない。ただ、単純に般若心経を唱え続けるだけでいいのだ。これほど、簡単な方法が他にあるだろうか。

 般若心経を唱え続けるとどうなるかという、これは一つの実験である。願わくは、この経験を通して、一人でも多くの人が、心の平安と喜びを得ることを祈念してやみません。

 興味のある方は、薬師堂に気軽にご連絡ください。

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春風邪

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 急にまた雪が降ったりと今週は、先週と違い寒い日が続いている。そのせいか風邪をひく人が多いように思う。今日来た患者さんも風邪をひいていた。

 風邪をひいてしまうのは、意外と寝ている時かもしれない。去年からそのことに気づき、寝る時は、パジャマの下の肩口にタオルを一枚入れて寝るようにしている。そうすると肩口から冷たい風が吹き込まないので、風邪をひくこともない。

 ちょど背中の上の方に風邪が、吹き込むツボがあるので、そこを温かくしておくと風邪をひくことがない。おまけに寝ながら、般若心経を唱えているせいか、朝起きると体が軽い。

 ちょっとした工夫で、風邪の予防も爽快な朝も迎えることができます。ついでに薬師堂で治療をうければ最高です。

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最近は、運転中でも治療中でも真砂さんの曲を聴いています

真砂秀郎さんの癒しの曲はすばらしい。何度聞いてもあきないので、治療中や運転中は、いつもかけて聞いている。感情にうったえる曲は、なんだか心が疲れるが、こうした透明な水のような曲は聴いていて、心が癒される。  実際、水の音もよく聞こえるし、素朴な民族音楽のよなものを含まれているようだ。 「癒し」と「水」というのは、深い関係がありそうだ。元々、我々の故郷が、深い海の青の中だったからかもしれない。そういえば、オリジナルの「青い海」の気功も海と水をテーマにして気功だ。  疲れた心と体を癒したい方は、ぜひ、群馬の薬師堂までおいでください。そこには、あなたを心の底から癒してくれる音楽と指圧、気功が待っています。高速は、1000円だし、気軽に遠くからもいらしてください。泊まりも可です。

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一郎に神が降りた日

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 侍ジャパンが、連覇を果たした日、決勝打を放った一郎が、「神が降りてきました」と言った。日頃、あまり神を意識しない日本の人々もこの時ばかりは、その言葉に素直に感動したのではないだろうか。

 極度に集中力が高まった時に、自分以外の何かの力が働いたという経験をもつ人は多いのではないだろうか。努力を積み重ねてきても最後の瞬間に働くのは、個我という意識を越えた大きな意識なのだということだろう。

 神とは、どこか遠くの天国にいるわけではなく、今ここ、自分とは切っても切れないほど身近にいるもののようだ。あまりに身近すぎて普段気づくことができないが、一郎がセンター前にヒットを放ったよううな、こうした劇的な瞬間にその存在を間近に感じることができる。

 日本人全体が今こそ神の存在を信じ、不況を吹き飛ばす、一発逆転の大ホームランを打つべき時だ。そして、世界情勢も地球環境も好転することを望む。

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藤原紀香と心の傷

 藤原紀香さんと陣内さんの結婚が破局した。彼らは、なかなか好感のもてるカップルだと思っていたが、短い期間で結婚に終止符を打った。

 結婚は、必ずしもいいことばかりではない。ある意味、それは人間としての修行としてあるのだろう。お互い助け合うこともあるだろうが、傷つけ合うことも多い。そのことを通して、いろいろなことを学び、精神的に大人となって、次のステップへと上がっていくのだろう。

 紀香さんは、外見の派手さとは別に、けっこうまじめな性格なようである。今回、「最後は心も体も数々のことに壊れてしまった自分がいました」と言っているが、壊れた心を早く修復して、新たなスタートをきれることを願っている。もっとも、壊れたものを元に戻すには、それなりの時間と方法がいると思う。このブロブには、そんな時に役立つ方法が書かれているので、もしかして読む機会があれば参考にしてもらえたらと思う。同じように悩み苦しむ人の発想の転換の役にたつことができれば、ありがたいことだと思います。

 

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上昇気流に乗る

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 過去に対する囚われは、人を暗い過去の闇の中へと引きずり込む。意識を変えて、過去への想いを全て手放して、上昇気流にのれば、人は自由な世界へと羽ばたくことができる。

 過ぎ去ったことは、もうここには存在していない。何度でも手放し、手放し、手放して、しだいに意識の自由な世界へと解放されて行くのだ。

 解放された心は、自由な踊るエネルギーとなって、螺旋を描き上昇して行く。そこには、微笑みがこぼれ、喜びに満たされてゆく。すべてが愛につつまれ、小さな草花までが、にこりと微笑み返す。そう、花って笑っていたんだね。

 緊張したアスファルトの上を吹いていた凍てついた風がやみ、ゆっくりと春の日差しにゆるむ頃。桜の花びらは、ほころび始め帰り支度を始めた冬鳥たちが最後の挨拶に訪れる。

 遙かなる自由な彼方を目指し、今こそ渡り鳥たちのように上昇気流にのる時だ。

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朝バナ、昼玄米で花粉症もなくなった

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 基本的に菜食だが、それほどこだわっているわけではない。食事のかたよりは思考のかたよりに通じるからだ。一切が空と考えれば、それほど菜食にこだわる必要もないように思う。ただ、その過程において菜食を中心にした食事の方が、精神的な進歩は進むということだろうか。

 去年の秋頃からはじめた、朝バナナ、昼玄米の食生活が効果を発揮して、体重は5,6キロ落ちて、おまけに花粉症まで治ってしまった。元々、花粉症ではなかったが、3年ぐらい前から、2年間でてしまった。やはり、油や甘いお菓子などの食生活の乱れがでたようだ。

 基本的に油や糖分を控えたシンプルな食事が、心と体の健康にはいいようだ。バナナがいいのは、食べるのに手で皮がむけるというそのシンプルさとどこでも手に入る簡便さがいいのだろう。Simple is best.だ。


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光は人を癒す

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 昨日は、久しぶりに九州の友達にメールを送った。その人もある時期、大変な時があり、こちらか気を送ったこともある。今回は、こちらの方が疲れ切っていると話すとこれから光を送りますと返信がきた。

 そのままじっと目を閉じて待っていると確かに体の中心が温かくなって、気持ちよくなり眠くなってきた。光が送られてきたのだろうか。人の意識は、どこかでつながっている。だから、こうして光を送りますというとこちらもその影響を受けるのだろう。まるで電波のように。

 こうして助け合うことができる人がいるというのをありがたいと思った。けっして人はひとりではない。どこかでだれかとつながっている。

 

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もう生まれ変わらないのが、最高の選択

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 生まれ変わるなら、どこの国がいいか。どこの国に生まれたも、人生の浮き沈みから逃れることはできない。無邪気に次は、この国がいいなんていってられうのは、子供のうちだけだろう。どこに生まれても同じ、その時が戦乱の時代でなければ、幸せだ。

 次のことを考えるより、今この時をいかに充実して生きるかが大切だ。今というこの瞬間を掘り下げて、永遠の時、永遠の喜びに出会うことができれば、それこそまさに最高の選択と言えるだろう。

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だれでも浮かない顔の時がある

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 いつも治療にきている患者さんの顔が、なんとなく沈んでいた。治療をしながら尋ねてみると、職場の人間関係で悩んでいるという。日本人の場合は、仕事そのものよりも、人間関係で悩んでいる人の方が多いのではないだろうか。一人自分勝手な人がいると周りじゅうが振り回されてしまう。あえてその人に注意する人がいないと余計に図に乗ってしまうようだ。

 まあ、たいへんだろうけど、これがうちに帰っても続いていたら、耐えられないだろうけど、うちにかえればほっとできるんだからいいんじゃないかとアドヴァイス。それとそういう人には、こちらから明るく話しかけてみてはどうかと言ってみた。知り合いが、夫婦関係がうまくいかなくて離婚を考えた時に、かえって気持ちを切り替えて旦那さんにハグしてキスするようになったら、うまくいくようになったといった話をした。

 そして、最後は、般若心経をお勧めした。悩んでいる時というのは、脳の周辺部に意識と血液が集まっているので、単純な言葉を繰り返すことで、しだいに思考が停止して、脳の中心部に意識と血液を集めるようにすればいいと。般若心経は、短すぎず長すぎず覚えるのにちょうどいい長さで、日本人には昔からなじみのあるお経なので、自然に身につけることができる。ただ、それがお葬式と結びといているので一般の人には、ちょっと抵抗があるかもしれないけれど、もともとこの世の真理を端的に示しているお経なので、実にシンプルで味わい深いお経だと説明した。次から次へといろいろな問題が、わき起こり押し寄せるてくるこの世のなかにあっては、なにかそれなりに対処する方法が必要だと説明した。

 治療が終わる頃には、ずいぶんすっきりしたと言って喜んで帰っていった。

 今朝も寝ながら般若心経を唱えていた。心臓の中で唱えていると気がわき上がり手のひらの中心、労宮というツボに力強い気を感じるようになる。般若経というだけあって、心臓とも密接なつながりがあるのかもしれない。

 みなさんも心が弱っていると感じた時には、ぜひ試してみてください。

 

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敷島温泉 赤城の湯

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 今日は、ひとりで敷島温泉に行ってきた。良く晴れ渡って、眺めのいいいちにちだったが、沼田の奥の武尊山は雪が降っているようで、白くなっていた。そのせいか冷たい風が一に中吹いていた。春と冬が同居しているようだ。

 疲れた時は、温泉に入るのが一番だ。温かい温泉が、疲れ切った心と体を癒してくれる。赤城のお湯もまあまあで、気持ちがいい。渋川は、なにはなくとも温泉がたくさんあるのがいい。

 温泉の後に薬師堂で治療を受ければもっといいと思います。場合によっては、宿泊もできますので、遠くの方も気軽に連絡してみてください。

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ストレスは気化する

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 今日もしだいに春らしくなった。庭には、早くも小さな草花が、可憐な花を咲かせ始めた。小さな春の訪れである。

 今朝方も3時ぐらいに意識が覚めるとふとんの中で、目を閉じたまま般若心経を唱え始めた。唱えているとしだいにガスが出始めた。ゲップとして上からもそして下からも、どんどん出て行く、指圧などの治療によってもゲップがでることはよくあるが、これほど次から次へとでてゆくのもめずらしい。

 先週たまった精神的なストレスが、気に変化してそのように出て行ったのだろう。おかげで朝起きる頃には、体も心もすっきりして気持ちのいい朝を迎えることができた。

 般若心経の心身を浄化する作用はたいしたものだ。ぜひ、皆さんもお試しください。一晩寝るだけで、ストレス解消ができて、さわやかな朝を迎えることができますよ。

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打ち寄せる波のように

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 今日は、良く晴れていい一日となった。先週は、大きな波が押し寄せてきて、その対応に追われあわただしく一週間が過ぎ去ってしまった。人生、次から次へといろいろなことが起こるものである。

 薬師堂の治療は、体当たりで患者さんといっしょうになって治してゆく。今回は、特にいっしょに洗濯機のなかに落ち込んでしまったように、お互いにぐるぐるとまわりぶつかり合いながら、その精神的なトラウマを落としてゆくような作業となった。

 命の洗濯中はたいへんだが、最後に洗い終わってみてば、お互いがもっていたトラウマが消えて、みんながすっきりきれいになれた。

 しかも、こんな良い天気に恵まれたので、心を体の天日干しをするといいかもしれない。

すべての起こることは、内面のカルマの浄化のために起こるのかもしれない。

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卒業写真

この曲を聴くと、青春時代にひき戻されるようで、ちょっとやばい。感傷的になって、初恋の人を思い出していしまうようなそんな曲だ。淡く純粋なるが故に、いつまでも心に残ってしまう、そんな気持ちが曲に表れている。  その後の人生の苦難に較べれば、本当にかわいらしい想い、それが初恋というものだろうか。   最近では、めったに開かなくなってしまった卒業写真のことをこのネタで思い出した。

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執着からの卒業

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 大学を卒業した頃、そういえばバイクで渋川から屋久島まで、一月かけて旅にでたように思う。子供のころから、精神的なものに興味があり、出家するかどうかを考えながらの旅だった。結局、禅僧である太極拳の師匠に出会い、再び、東京に出て、鍼灸指圧の勉強をしんがら、禅と太極拳を学ぶことになった。

 今では、その師匠からは離れてしまったが、太極拳や気功を教えたりとそころと同じものを求めていると言えるかもしれない。

 人生という劇場は、むしろ、大学をでてからが本番だ。数年前にある喪失感をきっかけに精神的にだいぶ落ち込んだことがあった。まさに寝ながら虚空をかきむしるような状況で、虚脱感は相当のものだった。インドのハグをする聖者であるアマチが来ると毎年、会いに行っていたのだが、その年の夏は、インドのアシュラムまでアマチに会いに行くことにした。

 インドのアシュラムに着くと世界中から、様々な国の人たちがきていた。特にヨーロッパからの人たちが多かった。日本人は、比較的少なく同室は、二人のフランス人だった。はじめは、言葉が通じないのではないかと心配したが、お互いつたない英語で結構、コミュニケーションがとれ、帰るころにはすっかり仲良くなっていた。

 その他には、スイス人やスペイン人に気功や太極拳を教えたりといろいろな国の友達もできた。ヨーロッパの人たちは、キリスト教の影響か、宗教に対しては熱心で抵抗がないようで、若い娘さんたちで出家して、そこで暮らしている人たちも多かった。透き通るような白い肌の彼女たちが、白いサリーをきているとまるで女神が通ったように眩しくつい目を奪われるのだった。

 インドから帰ってから、だいぶ精神的に落ち着きを取り戻した。その他にも般若心経を一万回唱えたが、結局、すべての苦しみの原因は、外にあるのではなく、そのものに執着するという自らの内面に原因があることに気づいた。執着心こそが、すべての苦しみ悲しみの原因だったのである。

 今は、「青い海」の気功を通して、手放すことの心地よさを生徒さんたちと共有する日々を送っている。本当の自由に到達するまで、様々の想いや欲望を手放しながら、まだまだ人生という旅は終わらない。真の自己に出会った時にはじめて、この世の旅を卒業することができるだろう。

 



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寝ながら元気を蓄える

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今日は、一転気持ちよく空も晴れた。最近、寝ながら般若心経を唱えているせいか、起きてから元気に満ちている。唱える気功としての般若心経の効果は、抜群だ。

 人生は、次から次へといろいろな問題が、波のように押し寄せてくる。その荒波に立ち向かうには、何かしらの方法が必要だと思う。安易に薬に頼るより、こうして般若心経を寝ながら唱えるだけで、朝起きると元気が補充されていれば、これほど簡単で役にたつ方法もないのではないだろうか。

 もちろん、熟睡中は、唱えようもないが、朝方少し眠りから覚めかけ時、目を閉じたまま般若心経を心の中で唱えはじめる。まだ、意識が朦朧としているので、途中でまた、夢をみたり、また、覚めたりとその繰り返しだが、起きてから元気に満たされていることに気づく。

 金融恐慌でがたいへんな今こそ、さわやかで活気に満ちた朝を、般若心経で迎えてみてはいかがでしょうか。

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雪と青い海の気功

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 今日は、久しぶりに雪景色となった。雪は、すべてを浄化してくれるようで気持ちがいい。この時期の雪は、道も凍らないので、ただ、その美しさを楽しむことができる。

 「青い海」の気功を教えていいると体の中心から、白いエネルギーがわき上がるのを感じた。外は雪でも、体の中は、すでに春が来ているように明るい。すべては、エネルギーの流れなのだということが実感としてわかる。物として人間を人体を捉えると、人と人とがぶつかったり、破壊したり、傷つけたりとマイナスのことが多いが、水のようなエネルギーの流れとして捉えると調和し、ともに溶け合い、喜びを分かち合えるような気がする。

 生命は、永遠に枯れることのないエネルギーの循環だ。そう思えば、死をおそれて遠ざけたり、生に固執してかえって、生きていることが苦しくなってなってしまうような状況に追い込まれることもなくなるだろう。水のようなエネルギーの循環としての生命観が、これからの社会に必要ではないだろうか。

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