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2009年5月

ほっとするのは、五百円玉、くずしようがないのが1円玉

 財布の中を見て、ほっとするのが500円玉かな。これがあるとお金を払う時にたすかります。おつりをあまりもらう必要がないから。
 そういえば、昔、菅原洋一という歌手がいて、1円玉といわれていたな。要するにこれ以上くずしようがないという意味でしたが、歌はすばらしかったです。

 そういえば、宇多田ヒカルのお母さんの藤桂子が歌った歌に「夢は夜ひらく」という歌があったな。「赤く咲くのは、けしの花。 白く咲くのは、百合の花。どう咲きゃいいのさ、この私、夢は夜ひらく。」あのころは、藤桂子って、ほんとちょっと暗いようなイメージでしたが、今では、娘さんの宇多田ヒカルが、ひまわりみたいな大輪の花をさかせてますね。それにひきかえ、中村雅俊の息子さんが、けしの花にひっかかってしまって、たいへんなことになってます。

 どんな夢が花開くかわかりませんが、どうせみるならいい夢をみたいものです。今晩は、五円玉でも握りしめて、良縁があった夢でもみようか。

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般若心経は、思いこみのボタンを外してゆく

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 思いこみと条件付けが、私たちを小さな肉体のなかに閉じこめているとこの間書いたが、般若心経は、そうした思いこみをボタンを一つづつ外していることに気がついた。

 観自在菩薩とは、原子や素粒子のように微細なものから、宇宙のように広大なものまで、自由自在に見ることができる意識の状態に達した人という意味だろう。そうした見方で、この世を観察した時に、まず、生じるということがないし、滅するということもないと一番根本のボタンを外している。

これは、言い換えれば、「生まれるということも無ければ、死ぬということもない」という意味だろう。生まれることは、ともかく「死」や人類の「破滅、消滅」ということは、いつの時代にも一番気に掛かることだ。「死」はだれも避けることはできないし、この問題を解決せずに逃げていると、いつも心のどこかに恐怖がある。また、最近は、2012年で何かがおきて人類が淘汰されるという説がもてはやされているが、滅することのない世の中ならば、不安や恐れをいだく必要もない。

 そして、具体的に一つ一つ思いこみのボタンをはずし、解放してゆく。不垢不浄、本質において、汚れるというこもなければ、清まるということもない。自分は、汚れていると思いこんでいる人にとっては、この言葉は随分救いになるのではないだろうか。この思いこみを取り去るために、滝に打たれたりするのかもしれない。

 不増不減、増えると言うこともなければ、減るということもない。株価が上がったらと言って喜び、下がったからといって悲しむ、体重が増えたと言って悲しみ、体重が減ったと言って喜ぶ。これらは、シーソーの端に意識の重点を置いているからで、増える減るという思いこみのボタンを外し、シーソーの中心に意識の焦点をあわせれば、増えることも減ることもない、深い喜びのなかにいることができる。

 そして、さらに具体的に細かく思いこみのボタンを外して行く。このお経を唱えることは、何度も何度も身にしみて、自分の思いこみを解除して、解放され自由になってゆくことだ。

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草薙剛といい人症候群

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 草薙剛が活動を再開した。お巡りさんや学校の先生など、周りからいい人でいることを強要されている人たちは、時にとんでもない過ちを酔ってしでかしてしまう。普段、周りの期待に応えようといい人を演じているために、つい酔ったひょうしに抑圧していた本音がでてしまう。

 特に親の期待を背負って、一生良い子を演じ続けるとしたら、それはたいへんなことだ。人を自分の思いこみで縛らない、また、縛られない。本来の自由を取り戻すことが、人間にとって一番大切なことと思う。

 そうした生き方をしていれば、酔っぱらったからといって、人に迷惑をかけるような行為には至らないだろう。

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我は無限の意識なり

昨日は、桐生に上江洲先生の光話を聞きにいってきた。上江洲先生は、沖縄出身の覚者で飾らない人柄で、とてもシンプルにわかりやすく真理を語ってくれている。話の内容もすばらしいのだが、いしょにいる時に感じるエネルギーのすがすがしさが好きで通っている。

 特に昨日の会では、いっしょにいるだけで、しだいに思考が停止、脳の中心部が心地良さで満たされてきた。上江洲先生は、別段、瞑想状態に入っているわけでもなく、普通に話をしているのに不思議である。すでにある意識のレベルに達した方からは、その中心から絶えずエネルギーがながれでているのだろうか。

 上江洲先生が言うように、我々は、本来、神であり、愛であり、無限の意識であると思う。それが、長年の思いこみや条件づけによって、この小さな肉体であるという錯覚に陥っているだけなのだろう。確かに、この小さな肉体のなかで、長年くらしていれば、それが自分自身だと錯覚してもしかたのないことだ。むしろ、そのではなく無限の宇宙と同じくらいの存在だと気がつき実感として理解することが、実にすばらしいことだし、めったに起こることではない、希な出来事と言えるだろう。だからこそ。こうした上江洲先生やアマチのように実際にその心理を悟った聖者や覚者の存在はありがたい。彼らがいなければ、永遠にこの変化する現実の中で迷い苦しむことになる。

 あらゆる苦悩の原因が、この思いこみと条件づけにあるなら、それを少しづつはずしていけば、しだいに解放された自由な本来の姿に帰ってゆくことができるというこだ。

 そのためには、「青い海」の気功もいいし、上江洲先生の法玉瞑想もお勧めです。なんといっても、そのシンプルさが、すばらしい。

 

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夜眠れない人のための就寝中における意識の運用

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 この間来た患者さんは、ジムに通ったり、ゴルフをしたりと身体は引き締まって、一見健康そうだが、よろ眠りが浅く、夜中に目が覚めるとなかなか寝付けず、朝起きると身体がだるいという。

 気功にきている生徒さんたちは、夜もぐっすり眠れるようになって、ほんといいよと見学にきた人たちに勧めてくれる。気功のゆっくりした動きが身体と心をほぐし、大脳の緊張をとって意識と血液を脳の中心部間脳に集めるので、自律神経やホルモンの分泌の調整をして、自然とゆったりとした深い眠りをもたらしてくれる。

 いわゆるスポーツが好きな人には、こうした動きはにがてなのかもしれない。気功というのは、身体の運動というよりも、むしろ、意識の運動ともいいもので、運動と瞑想の中間に位置するようなものだ。ただ、動くのではなく、「意識」「イメージ」「呼吸」と使うことによって、よりいっそう深い意識状態を体験するためのものだ。動きになれて深く入れるようになると非常に気持ちが良い。まるので美しい夢の中をさまようようだ。

 ただ、動くのではなく具体的に意識を使って動くという「意識の運用」ということが、とても大切であるということがわかってくる。同じように夜眠れない場合は、うまく意識を運用することで深い眠りに入れるように工夫することが大切だ。

 具体的には、単純な言葉を繰り返し唱えることを勧めている。今は、般若心経を唱えることを勧めているが、もっと短い自分の好きな言葉でも別に問題ないと思う。ただ、般若心経は昔から、唱えられているものだし、お経そのものにカルマを解消するといった効果もあるだろうから、いろういろな因縁を解消するいう意味においても効果があるよに思う。

 要は、単純な言葉を繰り返すことで、しだいに大脳の緊張と働きを抑え、しだいに脳の中心部に意識と血液をあつめ、自律神経やホルモンの働きを調整して、自然に眠くなってゆく状況をつくりだしていくことにある。こうすることで朝をおきるとすっきりとさわやかで元気に満ちた自分に帰ることができる。

 詳しいことは、遠慮なく薬師堂にお尋ねください。

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黒木瞳が理想のミセスという

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 今日も夢二館で「歌で綴る夢二のロマン」というコンサートに行ってきた。竹久晋士という夢二の関係の歌手の方の歌だったが、歌も語りも良くなかなかいいコンサートだった。

 彼によって、夢二の息子への想いが語られ、実像として夢二像がしあだいに浮き上がった。小説やドラマのかなでふくらんだ夢二像とは少し違うようだった。

 黒木瞳が理想のミセスとして、理想の母として賞をもらったという。以前、村上弘明と「腕におぼえあり」にでていたころの黒木瞳は、夢二が描きたいような理想のモデルだったと思う。しかし、年齢を重ねても輝いているということは、すばらしいことだ。

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Mr.Brainを見て

 夕べは、知り合いの品川さんがでるということで、キムタクの「Mr.Brain」を最後まで見たのだが、品川さんらしき役者はでなかった。また、次の回なのかもししれない。

 登場人物を見ると、主役は、元アイドルグループだし、お笑いあり歌手あり、オバカキャラありと存在感のある役所は、ほとんど見られない。せっかくお金をかけて、たくさんの人をを動員して、照明もアメリカの犯罪捜査ドラマのCSIをまねてカラフルにしているのだから、もうちょっとリアリティのある役者を使ってもらいたいものだ。

 脳科学者という設定は、numbersというFBI捜査官の兄弟の数学者がでるドラマを思い出させる。最後に刑事が金の入った封筒を受け取るようなシーンは、「SHIELD」という超リアルな刑事物の真似か。

 アメリカのドラマから、ヒントを得たり真似したりもけっこうだが、アメリカのドラマにある役者やドラマにあるリアリティも取り入れてほしいものだ。

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万歳!

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 一番楽しかった歳と言っても正直困ります。楽しかった後にはけっこう辛く悲しいことがセットでやってくるものですから、一年間通して、楽しいということはなかったような気がします。

 苦しい体験の後にカナダに行って、いい年してカナダの友達の家族といっしょにメリーゴランドに乗った時は、楽しかったな。はずかしくて歳は言えませんが、しかし、その後、しっかりジェットコースターのように落とされました。この歳になると喜びと悲しみは、必ず、セットでやってくるということがよくわかります。

 だから、うれしいからと言って、ぬか喜びしないことが大切ですね。

むしろ、自分の内面に意識を向ければ、いつも変わらず喜びの海が迎えいれてくれます。

自分のなかに喜びを見つけるということほど、簡単ですばらしいことはありませんね。


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なんでも相談掲示板

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このブログを読んで質問したいこと相談したいことがありましたら、「なんでも相談掲示板」に気軽にお書きください。気功的観点からお答えします。

http://yakusidou.bbs.coocan.jp/

では、お待ちしています。

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人を裁かない

 よく人を裁いてはいけないと言われるので、実際、裁判員になったら困ってしまいそうだ。どうせなら民事裁判で企業犯罪や庶民に不利な裁定を覆す方がいいのだが。

 仕事とのかねあいも問題になりそうだ、自営業なので、だれかが穴埋めしてくれるわけではない。自分がいなければ、仕事にならない。みな痛みがあったり苦しくなってくるので、肝心の時にいないのでは、だれもこなくなってしまいそうだ。

 もともと日本人は、小学校の教育からただ詰め込まれるだけで、自分で判断する習慣がないので、結局、だれかのいいなりの判決しかだせないのではないだろうか。

 

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いかにして精神的なショックから立ち直るか

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 今年もアマチが、来日してくれている。今日は、神戸でダルシャンをしているはずだが、新型インフルエンザの影響は、大丈夫だろうか。たくさんの人が、アンマのハグを受けられるといいと思うが。

 突然の親しい人や愛する人の死や喪失というのは、たいへんなショックを我々に与えるものだ。そうした時は、谷底に突き落とされたようで、自然とだれかにしがみつきたくなるなるものだ。そうした時にアンマは、優しく私たちを抱きしめてくれる。永遠の母として、すべての人の悲しみ苦しみをくみ取ってくれるのだ。彼女にとっては、すべての人が彼女の子供のようで、そうすることが彼女の喜びでもあるようだ。我々、悩める衆生にとって、実にありがたい存在だ。今、苦しみの渦中にある人は恥も外聞もすてておさなごのように彼女の腕の中に自分を投げ出してみると良いと思う。上昇する愛のエネルギーが、あなたに喜びと再び生きる力を与えてくれるだろう。

 今、気功教室に通い始めた方で、つい最近、妹さんを亡くしてたいへんなショックを受けて、夜の眠れず、睡眠薬と安定剤を飲んでいるという方がいる。気功がこうした症状に良く効くと誰かに聞いて習いに通いはじめた。

 昨日、その説明を教室でしたのだが、なぜ、気功がそうした精神的なショック状態に効くのかというと、そうした時には、目には見えないが、心臓の周りでそれを保護している気のバリアーが壊れてしまうのです。

 ハートブレイクとは、良く言ったもので、実際そのようなことが、気のレベルでは起きているといえるでしょう。したがって、気功を練習して気の流れを良くしてゆくことによって、しだいにその壊れたバリアーが、回復してくるからと言えるでしょう。

 また、なぜ、壊れるかといえば、エネルギーのレベルでは、親しい人との間にエネルギーの交流がおきて、心と心がつながった状態になっているからと言えるでしょう。気が合う仲のいい人との別れほど辛いものになるわけです。

 もう一つお勧めしたいのが、般若心経を読むことです。これは、Heart Sutara というくらいですから、心臓に直接効くようです。教えの内容もすばらしいですが、声にだしてそれを読むことで、しだいに心が元気を取り戻し、その振動が壊れたハートの気のバリアーを回復してくれます。これらのことは、すべて自分が実際に体験して悟ったことですので、困っている方がいたら、ぜひ、試してみて頂ければと思います。

 詳しいことが知りたい方は、遠慮無く、メールで問い合わせるなり、直接に治療院にいらして頂ければと思います。

 アマチの情報は、ここをくりっくしてください。

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夢二が愛した人、そして山

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 昨日は、友人のピアニストを紹介するために伊香保の夢二館に行ってきた。館長の木暮さんは、以前から患者さんとして通ってくれていたので、とても丁寧に説明してくれた。

 明日から夢二が愛した笠井彦乃さんとの絵や歌の展覧が始まるという。以下に館長の木暮さんの文章を載せてみよう。

青山河物語

夢二の永遠の恋人……彦乃
その彦乃との恋は人目をしのぶ、哀しく、はかない恋

彦乃は焦がれる思いを手紙にたくし、
ひそかに  山より
        河さまへ……と、書き送った
夢二はそれに応えて、
        河より
        山へ……と、返事を書いた

1920年(大正9年)1月。彦乃は、わずか25歳の短い一生を終えた。
その時、夢二は37歳。夢二の心にその悲しみは生涯のこった。
その心の傷を癒すかのように、夢二はそれから「山」を、榛名をこよなく愛した。
「青」は、なぜか夢二が好んだ言葉と色彩
「山」は、夢二が愛した彦乃
「河」は、夢二自身

1931年(昭和6年)5月
夢二は、希望に燃えてアメリカへ船出した。
しかし、遠く離れたアメリカの生活も夢二の心を癒すことは出来なかった。

翌年、早く榛名へ帰りたい……。望郷の念にかられ、夢二は「青山河」を描いた。
そして、その絵の裏に
     山は歩いて
     来ない。
     やがて私は
     帰るだらう。
     榛名山に寄す
     千九百三十二年九月九日
   欧州へたつ前夜 
   坂井詞兄に
   謹呈
             夢生

 榛名山を愛する者として、夢二の榛名への想いは、実にうれしい。同時に女性を深く愛する者として、彼の山への想いもよくわる。
 館長の木暮さんが言われていたが、始めは夢二は単なる女たらしのようで好きではなかったが、よく調べるうちにそうでないことに気がついたという。彼は、真剣に深く女性を愛していたのだと、そして、うつくしく愛すしていたことに気がついたという。

 「山」、「河」なんて暗号みたいで面白いが、そこには二人の切ない想いが込められていたようだ。

夢二伊香保記念館に行った帰りは、薬師堂にお寄りください。

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転形劇場

転形劇場の役者だった品川徹さんが、薬師堂のブログに書き込みしてくれた。もうだいぶ前のことになるが、転形で研究生をしているころにお世話になった。同じ劇団員だった大杉 蓮さんは、今ではすっかり有名になったが、品川さんは、しぶい存在感のある役者だ。今でもたまにコマーシャルやドラマでお見かけすることがあるが、とてもなつかしく感じてる。なんだか親父というか師匠のような存在だった。  太田さんは数年前にお亡くなりになってしまったようで残念だ。彼の作品がビデオになって売り出されればと思うが、だれかもっている人はいないのだろうか。  個人的には、青山の銕仙会(てっせんかい)の能舞台で演じられて「小町風伝」をぜひもう一度見てみたいと思う。

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さやえんどう

 さっぱりしておいしいのは、やはりサヤエンドウの入ったみそ汁でしょう。あの新鮮な緑色がみそ汁にういているだけでうれしくなります。

 朝だなって感じかな。さやの部分にはカテロン、タンパク質やビタミンC,食物繊維、があり、豆の部分にはビタミンB1や必須アミノ酸のリジンがあるそうです。

 栄養もいっぱいってことか。という訳で、朝はやっぱりサヤエンドウが最高。

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不死鳥

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この間の夕方、北西の空に鳳凰が浮かび上がっていました。

自然のもたらすメッセージか。不死鳥のように何度でも生まれ変われということか。

不景気だと思いこむから、景気もどんどん悪くなる。その思いこみと恐怖を手放せば、また、しだいにいい方向に回ってくるのではないでしょうか。

 この世の状況は、すべて人が創り出している。すべてが夢のような世界なら、いい夢を見たいものです。

 ゴールデンウイークに大挙して海外に押し寄せれば、かならず新型インフルエンザは日本に入ってしまうといういことは分かり切ったこと。今では、メキシコ、アメリカ、カナダについで4番目に多い患者がでているという。そのために関西への修学旅行が中止あるいは延期されてしまうのは、かわいそうな気がします。

 アメリカでは、弱毒性ということですでに必要以上の規制は取りやめているといいます。
まずは、恐れと不安を手放して、冷静に対処することが大切と思います。

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自然は大きなホスピタル

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どこかの会社のキャッチコピーだったが、確かにそうかも知れないと思った。

今朝は、いつもの森に行って太極拳を舞った。昨日受けたダメージも自然のなかで太極拳の練功しているとだんだんと回復してくる。森中のエネルギー が集まってきて癒してくれる。松林は、その花粉で白く煙るようだったが、その一粒一粒が良薬となって体を癒してくれるようで気持ちいい。

 すべてを捨てて森の中に入っていくという林住期という言葉があるのが、わかるような期がする。森にはい人を癒す力がある。文明という幻想から目覚め、本来の自然な自分に返す力がある。

 今、人間が森を破壊しているが、それは自ら帰るべき故郷を破壊しているのに等しいと言えるだろう。

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夜明け前

 最近は、朝、意識が目覚めてから起きあがるまでの時間が非常に充実している。以前は、早く目覚めてしまうとなんだか中途半端で、もう一度寝るかあるはこのまま起きあがるか迷ったものだ。しかし、布団のなかで目を閉じた状態で般若心経を唱えているとしだいに体が充実してきて、すっきり目覚めることができる。

 起きあがった後も、別に体重が減った訳でもないのに、体が非常にかるくなったように感じる。実にさわやかな朝を迎えることが多い。

 不眠や体のだるさで悩んでいる人は、ぜひ、一度試してみるといいでしょう。

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ヒマラヤ聖者の教え

今週は、「ヒマラヤ聖者の教え」という本を読んだ。けっこう分厚い本だったが、内容的に面白かったので、一気に読んでしまった。ヒマラヤから来た聖者がアメリカに渡ってヨガを広めて行く姿を書いた本だが、弟子の癌を自分の体に移し、ヒマラヤに帰り今度は樹に移したりと言った信じられないようなことが書いてあった。

 そのほかにも虚空から物を取り出したり、また、その力もヨギのレベルによって違うということが書いてあったりとなるほどと参考になった。アメリカでヨガを普及していたスワミジが、こんな本音をもらしていたことも面白い、「君らの国で健康や仕事、瞑想の手助けをすることからも手を引いた。実に消耗するんだ。君らはかたくなで、君らが思っている以上に難しい事なんだ。アメリカは個人主義が強すぎる。それが何かを築き上げてゆくことを難しくしてしまっている。」

 なかなか聖者ともなるとこんな本音は言えないものですが、それをさらりと言ってしまうところが、彼の魅力かもしれません。興味なある方は、ぜひご一読をお勧めします。

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寝ながら心を鍛える

 寝ながら般若心経を唱えていると、朝方には、元気いっぱいになる。今日も一日がんばろうと勇気がわいてくる。心臓からエネルギーが湧きあがり両手を気でいっぱいに満たす。今のように難しい時代では、次から次へと押し寄せてくる問題の波に飲み込まれないようにするのが大変だ。自分なりにそうした問題に巻き込まれないための方法を準備しておくことが大切だと思う。

 昨日も気功に来た生徒さんが、妹さんの死のショックや両親の介護で、5キロも痩せて、夜眠れず睡眠薬を飲んでいるので、それが治ると聞いて気功を習いに来ましたと言っていました。皆それぞれに悩みを抱えていることに改めて驚かされました。簡単な理由では、習いにきてくれないものです。気功ももちろん効果がありますが、どうせ夜眠れないのですから、そう言うときは、焦らずに般若心経を唱えているといつの間にか、寝てしまうということを教えてあげたいと思っています。

 般若心経は、Heart sutraというだけあって、心の傷には良く効きます。全部覚えるのが、大変な人は、

観自在菩薩 行深般若波羅密時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

とこの句を唱え続ければ、いいのではないでしょうか。すなわち、観自在菩薩が深い瞑想状態に入った時に、この世の一切が幻想であると悟って、すべての苦しみ厄から解放されたという意味でしょうか。 この句を何回も何回も唱えることによって、自分の細胞の一つ一つにまで、すべてが幻で実体がないということを染み渡らせるで、やっと安心して眠れるようになってきます。それを心に焦点をおいて唱えれば、心臓からエネルギーがわき上がり、生きる元気が湧いてきます。

慣れてきたら
Gate Gate Paragate Parasangate Bodhi Svaha  般若心経と真言を唱えるのもいいかもしれません。

こうした歌できくと実にきれいですね。

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そばにいてほしい

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 渋川のスカイテルメという温泉のそばに、蕎麦の隠れ家という蕎麦屋さんがある。けっこうおいしい。友達がくると案内することも多い。

 うどんか蕎麦かと聞かれれば、やはり蕎麦がいい。
そばにいい人がいればこれまた最高だろう。


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自然の風を感じる

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 五月病を乗り切るには、自然の風を感じてみてはいかがだろうか。今日は、朝方、水沢に行く用事があって、五月のしだいに緑が濃くなってゆく、水沢山を撮ってきた。林を抜ける風も心地よく、今が一年で一番良い季節と感じることができる。

 こんな季節に落ち込むのは、もったいない。もう一度、自分の周りに目をやって、すばらしい季節の中にいる幸せを思い起こしてみるといいかもしれない。

 後は、寝ながら般若心経は、やはりお勧めです。最近は、妙に体が軽くなってきた気がします。体重は、以前と同じなのに体が透明になってしまったように軽く感じます。これも一種の精神的な浄化作用かもしれませんね。

 後、玄米を食べると体から元気が湧いてくるのを感じることができます。お昼に間に合わせのパンをたべても元気は湧いてきませんね。

 要するに、自然こそ五月病を癒す最高の薬ということでしょうか。

薬師堂で治療を受けるのもいいかもしれませんね。



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そりゃやっぱり五月でしょう

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 一年で一番いい季節は、今のこの季節でしょう。寒い冬が終わってほとしているし、空は五月晴れで、夕方になれば涼しくて気持ちがいい。自分が生まれたのも五月の末なので、余計に好きなのかもしれませんが。

 6月は、梅雨になってしまうし、7月なれば、もう暑い。五月が一番、ほっとできる季節ではないでしょうか。まだ、山に行けば新緑もきれいでしょう。しだいに濃くなっていく緑を見ていると、ついこの間まで枯れ木でなんの葉もなかったのが、嘘のようです。

 また、新しいなにかが始まるようなそんな期待感があります。不況もどこかに吹き飛んでしまうようなそんな気がします。

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相手を活かす愛

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相手を活かす愛というものが、最近、実感としてわかってきた。
これまでの愛というものは、実は、自分の相手への執着にすぎなかったこともわかるし、その執着が自分を苦しめていたことも、今では、よくわかる。

 こうしたことは、やはり、それなりの体験を通してしか学ことはできないように思う。
観念的に語ることと実際に体験を通して学ことでは、意味が違うようだ。この世に生まれたのも、そうした体験によって学ぶためなのだろう。

 相手の喜びを自分の喜びとして感じ、相手の幸せを自分の幸せとして感じる。この単純な愛を理解するまでに、ずいぶん長い時間がかかったように思う。表面的ではない、深い愛が命の元に流れている。

 もし、愛の問題で悩んでいる方がいたなら、一度その想いを手放してみることをお勧めします。そうすれば、本当に相手のことを想っているのか、あるいは、単に自分の執着にしかすぎないないのか、よくわかってきます。

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やさしい異空間

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 先週の土曜日、いとこで地元でシャンソンを歌っている今井ちづことダンサーの木内 和さんという女性のパフォーマンスがあった。オリジナルの詩と歌とダンスの組み合わすで、久しぶりに面白かった。

 大学時代は、能楽研究会というのに入って能を学び、その後、転形劇場という赤坂のTBSの裏にある劇団で一年間、研究生をやった。転形の芝居は、小さな二階建てのモルタルのアパートの内側が舞台なのだが、その名の通り、劇場内の空間が新しい劇のたびに変容していくような、そんな面白みのある演劇だった。当時は、早稲田小劇場と並び称される劇団だった思う。海外公演もよく行っていたように思う。

 青山にある鉄扇会の能舞台を借りて公演した、「小町風伝」は、登場人物が一人づつ箪笥や家具をゆっくりと橋掛かりを運んできて、舞台上にアパートの一室ができあがるという面白い内容で、そのユニークさと空間に対する感性の高さ、老婆の妄想の世界が舞台上で展開するおもしろさと群を抜いた作品だった。

 転形の演劇は、要するにドラマの展開を見せるのではなく、能を同じように役者の人間の存在感を浮き彫りにしていく、「存在の演劇」だった。

 つまりは、「私は誰か」ということが、そこでは、問われていたのだと思う。それは、その後私がたどった瞑想、禅、気功、太極拳、治療とすべての根本にある人生のテーマとも一致している。

 転形出身の役者で大杉蓮さんや品川徹さんの活躍している姿をみると今でもなんとなくうれしくなる。



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榛名神社と榛名湖

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 今日は、アマチの来日の広報にきたシャンタジとインド女性のラトナさん、そして、群馬の女性たちと榛名神社に出かけた。いつもは、真夏でもその門に足を踏み入れただけで、ひんやりとして霊気を感じるのだが、今日は意外と日が差し込んでいたせいかなま温かいような感じだった。

 しかし、さすがに山門を一つ一つくぐり抜け本殿に近づくにつれ、気が強まっていくのを感じた。上の写真は、ご神体の岩です。ちょど人の頭のような形をしていますが、大きな地震もあったでしょうに、このように以前としてそこにとどまっているのが不思議です。

 その後、榛名湖に車で登り、湖畔で昼食を食べましたが、榛名湖の桜はこれからのようで、まだ、あまり咲いていませんでした。連休中には、咲くかも知れませんので、群馬に来る方は、行ってみる価値はあるかもしれません。

 薬師堂は、営業の予定ですので、遠くからお越しの方もぜひ連絡して、いらしてください。連絡先はHPの方に載っています。

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