やっぱり麦茶でしょ。
写真は、鐘の中に麦茶をいれてとってみました。あまりうまそうには見えないけど、夏の冷蔵庫の中には、やっぱり麦茶がなければ困ります。
ビールもいいけどちょっと太ります。麦茶ならいくら飲んでも大丈夫ですね。
夏はやっぱり麦茶が一番。
コネタマ参加中: 夏の冷蔵庫に、常備したいものといえば何?
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写真は、鐘の中に麦茶をいれてとってみました。あまりうまそうには見えないけど、夏の冷蔵庫の中には、やっぱり麦茶がなければ困ります。
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足関節の緩め方は、足首の内側に重さを流し込むような感覚で足首の外側へと重心を移動してゆく。力を抜くように心がけると自然と身体が回転してゆく。両手も力を抜いて動くと身体に巻き付くように動く。この時、膝も軽く曲がり下に沈むような感じになるり、両手が巻き付く時にやや上がる感じとなる。力が抜けるまで何回か繰り返す。
次に膝を意識して、同じように膝の内側から緩めて曲げながら、外側へと重心を移動してゆく。無理に動かすのではなく、自然に沈むように移動して、最後に同じくやや上がる。
やはり気持ちよくなるまで何回か繰り返す。
ポイントは、力を抜くということで、重力に任せて自然と身体が動きゆるんでゆく。マラソンのようにたえず目標をもって前に進む事しかしてこなかった人には、なんだか妙な動きに見えるかもしれないが、なれると大変簡単な動きなのにとても気持ちよくなります。
詳しくは、薬師堂まで。
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身体の気の流れは関節で滞ります。それをほぐすには、下から順に左右に回転させながらほぐしてゆきます。
ほぐす関節は、足関節、膝関節、股関節、胸も一つの関節とかぞえます、そして肩関節、肘関節、手関節となります。
従って、はじめに足首に意識を置いて左右に身体を回転させてほぐします。ただ、回転するだけでなく、意識を置くことで、関節が開かれ気の流れが改善してゆきます。
気功ヨガは、意識とイメージ、呼吸を使った運動法です。このほぐしの段階では、さほど呼吸を意識する必要はありません。ゆうくりとたっぷりと動くことで、しだいに心と身体の緊張もとれ、気持ちよく気が流れ出します。リラックスして力を抜きながら動くことがポイントです。
身体を水の入った袋のように想像します。そうすると自然と気が流れはじめます。なにか堅い骨や筋肉の集まりといった考えは捨てましょう。私たちは、もっと自由で柔らかい存在です。
今日から、自分がつかんだ気功ヨガの基本を説明してゆきます。
詳しくは、薬師堂までお尋ねください。
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気功教室の後は、たまに近くの自然食を出してくれる喫茶店でみんなで食事をする。ここは、自分のうちの庭で古代米やハーブや野菜などをつくっていて、安心しておいしい食事をいただける。気功の後に食べるにはもってこいの店だ。
たまにこうしてみんなで話をするのもいいことだ。普段は、気功の後にお互いに話を交わす機会というのはさほどないが、お互いに顔を見ながら食事をすれば話もはずむ。
やはり、みうちの死やお葬式が多いといった話がでたが、気功をしてエネルギーを感じれば、命は「死」によって終わるものでもないといういことが実感としてわかるというと話すと自然と納得してくれた。
続けて兄弟を亡くされた生徒さんも、ほっとした安心した顔にもどっていた。まだ、多少薬のお世話になるが、だいぶ減ってきたという。もっと早くこの教室のことを知っていればよかったという。
確かに、喜びと健康、そして、若返りのツボを刺激することのできるこの教室は、きっと心と身体の助けになります。みなさんもぜひ、はやめに参加するといいと思います。
薬師堂でお待ちしています。
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今日の気功教室は、実にさわやかで気持ちが良かった。梅雨の鬱陶しさがすっかり吹っ飛んでしまった。仰向けで寝てする意識の宇宙旅行が最高に気持ちよかった。
最後に宇宙全体に身体を広げるイメージを持つのだが、実際にいくつかのパーツに別れて分解された体表が、宇宙空間に浮かんでいるようだった。宇宙に広がりきった身体には逆にこちらに向かってエネルギーが流れこんでくる。そして、実際の身体を癒し始める。
起きあがるとすっかり脳がリフレッシュされ、目がはっきりと見え始める。生き返った喜びに叫びたくなるようだ。
その後は、太極拳でさらにエネルギーを補給し、「青い海」の気功で再び命の根源に溶けてそのエネルギーに満たされてゆく。
気功教室が終わる頃には、みな元気が復活し、若返った笑顔で家路へついた。
梅雨は気功にかぎりますね。みなさんもぜひ試して見てください。詳しくは薬師堂まで!
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今日は、また、いつもの池に蓮の華を撮りに行った。そこで面白い体験をした。カメラを取り出そうとした時に、カメラのグリップのところが「つ」の字型に割れているのに気がついた。おかしいな落とした覚えもないのにと思いながら、割れた部分を合わせてなでているとその傷が消えてしまった。
うちに帰ってからも何度もカメラを取り出して割れた部分を眺めてみたが、傷らしきものは残っていない。軽くたたいて確認してみても割れた様子はない。不思議なこともあるものだ。まるで狐につままれたようだ。
そういえば、子供のころに日本にはいないはずのトカゲを見たことがある。どうみても誰かがかっていたのが逃げ出してきたものではなかったように思う。それは、時空の割れ目から抜け出してきたような感じだ。
この世は、自分たちが思いこんでいるほど確かなものではないのだろう。時空の裂け目から違う世界がかいま見えることがあるのかもしれない。要するに夢とさほどかわらないのかもしれない。この世を夢と気づけば、夢から覚めることができる。そして、もっと自由に生きることができる。
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最近 楽しい寝言も聞いてないな。そういえば、サイモンとガーファンクルが日本でもコンサートをしたという話を聞いた。すっかり、歳とってしまった彼らを見ているとこんな道元禅師の言葉を思い出す。
「生死を明らめ死を明らめるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、ただ生死すなわち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として願うべきもなし、この時初めて生死を離るる分あり、ただ、一大事因縁と究尽すべし、人身得ること難し、仏法会うこと希なり、今我ら宿善の助けるによりて、すでに受けがたき人身を受けたるのみにあらず、あいがたき仏法にあい奉り、
生死の中の善生、最勝の生なるべし、最勝の善身をいたずらにして露明を無常の風に任することなかれ、無常頼みがたし、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身すでに私にあらず、命は光陰に移されてしばらくもとどめ難し、紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに証跡なし、ー以下略」
楽しい悲しいと言っても人生はあっという間に過ぎ去ってしまう。「沈黙の音」というのは、確かにある。「シーン」というのは、何もないのではなく、細かな粒子がぶつかってなっている音だ。私という意識が消えれば、より深く広く自由な世界に溶け去ってしまう。人生は一睡の夢のようなものだ。
がしかし、また、楽しい寝言を聞かせてくれる人は大いに歓迎します。
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前回は、頭頂からエネルギーが流れ込む様子を絵に描いて説明したが、エネルギーのセンターは上から開いた方がいいだろう。その方が、下にエネルギーが流れるので安定することになる。いわゆる気が下に落ちて落ち着いた状態になれる。
身体の基底部、会陰のあたりから開くと気は上昇して頭頂部を突き上げる。上が開いていればいいのだが、そうでない場合は、鉄兜をかぶったようにたえず頭部が圧迫されたような状態になってしまう。基本的に気は上昇しやすいので、特に初心者は注意が必要だ。
患者さんで若い頃に下から開くようなヨガのグループにいたと言う人がいるが、彼はうちに来た時、完全に気が上に上がってしまっていて、宙にういているようだった。治療でだいぶ落ち着いてきたのだが、今でも完全には降りきってはいないようだ。
開く開かないは意識の問題でもあり、刺激を入れる場所の問題でもある。間脳に刺激をいれるように脊髄を引っ張るような動作をしてゆけば、しだいに頭頂、眉間の奥、ハートのチャクラ(エネルギーのセンター)が開かれてゆくだろう。あせらずにゆっくりと開いてゆくことが大切だ。
詳しくは薬師堂までお尋ねください。
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毎年、夏になると行列のできる甘味屋さんが前橋にある。「十文字屋」という普段はそれほど込んでいるわけではないが、夏だけは早めに行かないと並ぶ羽目になる。
自分は冷たいものはあまり食べないようにしているのだが、お袋さんは、きまって「あずきミルク」を頼む、そして、こちらもお裾分けをいただく。
今日は、あまりに暑かったので、こちらも頼みたかったが、いつものように小倉ワッフルとところてんで我慢しておいた。
夏が来ると行かずにはいられないお店である。
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すきのポーズとブリッジを続けていると次第に脳天が何かに貫かれている感覚が起きてくる。それはちょうど天球から伸びた光の樹が身体を貫くような感覚だ。
地球に対するものとして天球というものを想像すると上の図のようなイメージになる。確かに天球というものは、目には見えないが重力に対する遠心力の中心をイメージするとこんな風になる。体感的には、この図のように確かに存在しているようだ。
草花や樹木がまっすぐ天に向かって伸びるのも、この天球がひっぱているからと思うと納得がいく。天はいつでも我々を引き上げようと働きかけている。ただ、虚心に天地の軸に意識をこらし目を閉じて心と脳天を開けば、自ずと天の光のエネルギーが身体を貫いて流れ出す。
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世の中には、いつも病院に行って病気を探しているような人がいる。そういう人たちは、きっと生きるのがたいへんなのでなんとか休憩したいのだが、病気で病院に入院する以外にうまい方法が見つからないのだろう。近年のように派遣労働などになって労働条件が過酷になれば、ますますそうした人たちが増えてゆくのではないだろうか。
病院で病名が与えられるとかえって、ほっとするという面もあるのかもしれない。誰に気兼ねなく休むことができる。病気じゃしょうがいと誰でも思う。確かにどうすることもできない病気もあるが、病院に逃げ込みたいというほど疲れ切ってしまうこともある。
そうなる前に自分で心と身体の健康の秘訣を知って、予防することの方がいいように思う。間脳を刺激するのが、若さと健康を保つ秘訣だ。
けっして難しいことではないので、ぜひ、試して見てください。このブログに具体的な方法も書いてあります。詳しく知りたい方は、薬師堂までお尋ねください。
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アンマというインド人の女性の聖者は、世界中に無償の愛を与え続け、すでに2800万人もの人たちをハグしています。日本では、なぜかマスコミが報道しないので、知らない人の方が多いと思いますが、たとえ何万人の人がハグを受けに来ても、12時間以上でも最後の一人までハグし続ける人です。その間一度もトイレにも立たないし、食事もしないのですから、その愛は、すばらしい奇跡的なものと言えるでしょう。
一般の人の言う愛とは、相手を愛しているようで、実は自分を愛しているだけの場合が多いように思います。アンマも普通の人の愛には、身勝手が潜んでいるといいます。つまり、自分にとって都合のいい場合だけ愛しているというのかもしれません。
日本にも上江洲先生という覚者がいます。そして、こんなことを言っています。
愛するは、愛されるより美しく、すべてを幸せにする。
愛を得ようとするものは愛を失い、愛を放つものは愛を得る。
命を得ようとする者は命を失い、命を放つものは命を得る。
一命一体、全体は我であり、我は全体である。
一般に言う愛は、単なる「執着」でしかないのかもしれません。愛する方がいいとか愛される方がいいでなく、お互いを解き放ち自由にする「放つ愛」に到達したいのものです。
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今日は、皆既日食だそうで、各地の模様がニュースに流れた。わざわざ遠くに出かけた人も多かったことだろう。
こちらは、気功教室で気功の生徒さんたちと無料の宇宙旅行に出かけた。といってももちろん実際に行くわけではなく、イメージの世界で行くのである。
まず、目を閉じた状態で意識の目を使って天上を見ていると想像する。それから天上を突き破り、しだいに空の向かって上昇してゆく。次に雲を突き破り、星のなかをどんどん突き進んでゆくと想像する。最後は、宇宙の果てを突き破って、光の世界へと入ってゆく。光の中をどんどん突き進み光りの中心に到達したら、下に向かって降りてくる。
宇宙を降りてくると青い地球が見え始める。それはだんだん大きくなり、日本列島が見えて、関東平野が見え、また自分の部屋へ戻る。
今度は、一気に光りに飛ぶ、そして、一気に部屋に戻る。同じように3,4回繰り返す。そして、頭のてっぺんから入り、身体の中を見てゆく。まず、頭の中を、次に首の中を、同じように、順に胸、お腹、脚、足の裏と見てゆく。そして、また、同じように、3,4回繰り返す。足の裏に意識をおいて暫く呼吸した後、身体全体から宇宙に向かって、四方八方に息を吐いて宇宙全体に身体を広げてゆく。しばらくそのまま呼吸をして、宇宙に広がって自分を楽しむ。この時、意識は、虚空に飛んでしまい、なんとも言えず気持ちがよくなる。大脳の緊張が解けてリフレッシュされる。
最後は、両手をおへその上に重ねておき、まず、手のひらから肩を通しておへそに息を吸い込む。次に脳天からおへそに息を吸い込む。最後は、足の裏から息をおへそに吸い込んで、おへそに意識と気を戻す。目をゆっくりと開け、両手をこすって、全身をマッサージする。まず、顔をなでる、次にうなじ、のど、胸をなで下ろし、左右に開き、お腹に向かってなでて気を集める。
いきなり立ち上がると立ちくらみすることがあるので、正座して落ち着いてから、ゆっくりと起きあがる。
特に今の季節は、これはとても気持ちのいい功法です。興味がある方は、ぜひ、お試しください。詳しくは、薬師堂まで。
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この動画は、クジラの歌だけだが、REIKI WHALE SONGは音楽も入っていて素晴らしい曲だ。残念ながら、この曲が入った動画が見つからなかったので、みんさんにお聞かせすることができません。著作権の問題ってめんどくさいですね。
いつも「青い海」の気功を教える時にかけていますが、気功のイメージとぴったりでしだいに意識が海に溶けるように広がってゆき、リラックスすることができます。まるで、この気功のためにできたような曲で、動きのタイミングとぴったりあいます。
とても癒されますので、興味の有る方は、ぜひ、聞いてみてください。
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今までもいろいろな 精神世界の本を読んできたが、これほどわかりやすく覚醒するということについて書いてある本はないかもしれない。覚醒するためには「ただすべてを止めればいい」という。
そういえば、昔、研究生をしていた転形劇場という劇団の芝居のなかに「考え過ぎこそ落とし穴」という台詞があった。今回の100年に一度という大不況も水爆を作っていたような科学者がマンハッタンに集まって、金融工学とかいういかさまをしたのが原因だったようだ。彼らの中には今でもその否を認めようとしない者もいるようだが、ポケットの中に、自分自身のなかにこそダイヤモンドのように光り輝く喜びがあることを知っていたら、こんな過ちは犯さなかったことだろう。
インドから伝えられた覚りというのもの、現代のアメリカ人の口からわかりやすく説かれているので、興味のある方は、ぜひ、ご覧ください。さらに、インドの師匠にまで、興味のある方は、プンジャジの「覚醒の炎」やラマナ・マハリシの「不滅の意識」「あるがままに」などの本を読むといいかもしれませんね。
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間脳を刺激することで、脳から快感物質が放出され、気持ちよくなり精神的に安定してくると前に書きました。また、そこは、ホルモンと自律神経の中枢なので、身体の健康とも非常につながります。まさに健康と幸せの秘穴と言えるでしょう。
では、具体的にどうすれば、その秘穴を刺激できるでしょうか。一番簡単なのは、ヨガのスキのポーズとブリッジを繰り返すことで、脊髄をひっぱり間脳に刺激をいれることです。
スキのポーズをする時は、つま先を伸ばしながら、尾てい骨から頭のてっぺんに向けて息を吸い込みます。その時、背骨の中に息を通すようにイメージします。慣れてくると実際に背骨の中を気が上がってくるのがわかるようになります。そして、吐くときは逆に頭のてっぺんから間脳を通して背骨の中を息を通して、かかとを伸ばしそこから息を吐き出すようにイメージします。かかとを伸ばしてゆくと腰の背骨が伸び、だんだん胸、首のあたりの脊髄が伸びて、最後に間脳のあたりがひっぱられ、頭のてっぺんまでひっぱられるような感じがして、気持ちよくなってきます。その気持ちよさをじっくり味わい楽しむように3,4回行います。
この他にも左右の腰のひねりや、膝を抱えるポーズなどとりまぜて、15分ぐらいのヨガを毎日、時間があると4,5セットしていますが、最近は、白髪が白くなってきて、驚いています。まさにこの間脳のツボは、精神の安定と健康の秘穴と言えるでしょう。
みなさんもぜひお試しください。詳しくは、薬師堂にお尋ねください。
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「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」の風林火山は、非常に面白く印象に残る作品だった。
主役の山本勘助役の内野聖陽、武田信玄役の市川亀次郎、上杉謙信役のGacktといい、非常に個性的な配役で、思わず引き込まれてしまった。、しばらく遠ざかっていた大河ドラマだったが、珍しく毎週楽しみにしてみていた。
Gacktの上杉謙信役は、はじめは違和感があったが、見ているうちにその極端さが面白くなり、もっと見てみたいのだと思った。今年の天地人に期待したが、なんだかメロドラマのようでつまらなく、また見なくなってしまった。
最近は、スカパーでアメリカのドラマばかり見ているが、やはりリアリティーが有るので面白い、配役がそれなりの人を選んでいるからだろう。、Mr,Brainのように視聴率稼ぎのための人気とりの配役をして、元アイドルを主役にして、お笑いやオバカギャルを登場させるようではリアリティーがなさすぎて見る気がしない。
もう一度、大河ドラマに振り向かせるような面白い作品をNHKには期待したい。
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人を癒すという仕事がら、呼吸法というのがとても大切になる。また、これはどんな仕事の人にも応用可能な方法だ。
まず、はじめに自分が地球の上に座っていると想像してみよう。頭のてっぺんから身体の底、会陰まで、一本の気の柱が通っていると想像してみる。その柱は、地球の中心から伸び、自分の身体を貫いて天にまで伸びている。この気の柱のことを中脈といいます。
気功や瞑想をしていると実際にこのエネルギーの流れを感じることができるようになります。重力と遠心力、二つの力の働きが、私たちに作用しているがわかります。自分の力を抜けば抜くほど、遠心力によって無理なく自然に立てるようになります。地球の中心からわき上がるエネルギーを感じることができるでしょう。
はじめは、なにも感じないかもしれませんが、目を閉じて、ゆっくりと呼吸してみることから始めてみましょう。背筋を伸ばし、顎をちょっと引いて脳天を突き上げるようにうなじを伸ばします。そして、息を吐きながら、肩、肘、手首とゆるめていきましょう。
自然に身体が立ち上がる感じが出てきらら、頭のてっぺんから息を吸い込み、会陰を通して、地球の中心に向かって吐いていくようにイメージしてみましょう。地球の中心まで吐ききったら、今度は、逆に中心から息を吸い上げて、会陰から身体の中心の中脈を通して天に帰します。ちょど中脈をエレベーターにのっているように呼吸が行ったり来たりします。慣れてきたら、一息で吸い上げ、一息で一気に天から地球の中心まで吐ききります。
しだいに身体の存在を忘れて、エネルギーの柱に溶けてゆきます。すると疲れ切った身体に再び生気が蘇ってくるでしょう。これは、過去、現在、未来と水平に流れる時間から、解放され、天人地と縦につながる時間の流れに乗ることを意味します。この時間のなかにこそ本当の平安と喜びを感じるでしょう。
過去の悲しみや仕事のしがらみから解放され、未来への不安が消えてゆきます。今ここにこうしているだけでいいんだというこがわかるのです。
このこコツを掴めば、歩いていても立っていても、人と話していても、顎をひきうなじを伸ばして、天と地をイメージして呼吸をすれば、一瞬で気の柱と同化して無限のエネルギーを得られるでしょう。
気功とは、意識とイメージと呼吸を使った体操です。あなたにも簡単にできますので、ぜひ、お試しください。詳しくは、薬師堂にお尋ねください。
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マイケル ジャクソンのこの歌いいですね。彼の純粋さがでていますね。世界中の子供達がいるようで本当に幸せな世界がくるよな気がしてきます。
彼は、外の世界を突っ走ってしまって、結局行き着くところまで行って、この世というシーソーの端から落ちてしまったのかもしれません。いつももっともっとよくしたいと思っていたのに逆に彼の中の闇も深くなってしまたのでしょう。
本当は、自分のなかにこそ宇宙のすべてがあることに気がついていたら、もっと違った生き方ができたでしょう。
あなたはすでに癒されている。それは、あなたの沈黙のなかにあります。けっして、海面のように絶えず揺れ動くのこの世の中にはありません。この世にそれを求めるのは、世界中の海から波を消してしまうようなものでしょう。波があり風があるからこそ、この世は楽しいのかもしれませんね。
最後の花火もけっこういいですね。
応援ポチよろしく!
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夕立がくる前には、なぜかカエルが田んぼから 大挙してでてくる。今日も、田んぼ道を車を走らせていたら、たくさんの小さなカエルが行進していた。あまりに多かったので、避けることもできなかった。かわいそうだが、来生は輪廻の階段を一つ上がって生まれてくるように祈るばかりだ。 南無阿弥陀仏 小さなカエルたちよ。
田んぼのカエルの合唱もけっこう涼しい、夏の風物詩だ。もっとも昔、東京から友達が泊まりにきた時、うるさくて眠れないとか言っていたが。都会の騒音のがよほどうるさいとおもうのだが。自然を離れると人の感覚も変わってしまうものですね。
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田んぼは、天然のクラーだ。家の周りに湖ができるようなものだ。さざ波が涼しいそうで、美しい。こうした風景をいつまでも守ってほしいものだ。ただ、米を食べるだけが、すべてではない、自然と風景と調和した生き方の中に日本の稲作文化がある。そうした美を壊すように自分の利益のために米を買うように押しつける国があるとしたら、それは野蛮というのだろう。
治療というのも、自然と一体だ。自然の中にこそいいエンルギーが満ちている。あまり知られていないが、渋川は日本のへそだ。そこには、中心のエネルギーが満ちている。そんな気に満ちた場所であなたも治療を受けてみてはいかがだろうか。きっと心身ともに生き返ると思う。この田んぼに満ちるさざ波のように。 薬師堂気功指圧センター
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前々から、スカイイーグルとチキンイーグルの話を引用していますが、今日は、迷えるあなたのためにその話を全部引用してみたいと思います。最近では、アラサーティーという言葉もあるそうですが、本当の自分がだれであるか。答えがわかるまで、人間は、だれでも心の奥底で死ぬまでその問いを発し続けるのではないでしょうか。
ちなみにアンマは、「私たちは、迷える子羊ではなく、王者のライオンであることを覚るためにこの世にやってきたのだ。」と言います。
(アンマの目覚めよ子供たちという本の中から以下に引用します。)
ある時鶏が雛をかえそうと、卵を抱いて座っていると、そのなかにどうしたことか鷲の卵が一つ混じっていた。鶏はそのことを思い悩みながら卵をあたためていた。しばらくするとすべての卵から雛がかえった。鷲の子はひよこたちといっしょに育った。ひよこたちと同じように、足で土をかいたりして虫をさがしていた。鷲の子は本当の自分に気づかず、自分が王者の鷲であることをまったく知らなかった。
何ヶ月も月日がたって、ひよこは皆立派な鶏になり、鷲の子も立派な鷲になった。しかし、それでもまだ鷲は、鶏と生活していて、自分は仲間であると思いこんでいた。深い錯覚にとらわれていて、自分は農家の庭先の鶏と同じだと思っていた。
ある日たまたま、空高く舞っていた別の鷲が、この鶏鷲が土を掘って虫をついばんでいるのを見かけた。空を飛んでいたこの母鷲は、我が目を疑った。そして、この鶏鷲の目を覚まさせて錯覚から救い出そうと心に決め、その機会をうかがっていた。
ある日、鶏鷲が一人きりでいたので、母鷲は空から舞い降りてきてそばまで近寄った。鶏鷲は、空から舞い降りてきた鷲を見るなりとても怖がって、鶏のようにコケコッコーと大きな鳴き声を上げた。すぐさま仲間の鶏がみんな飛び出してきて、鶏鷲を守ろうとして駆け寄ってきた。
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前回の続きです。中心で安定した意識は、次にどうなるのでしょうか。
上の図にもあるように次第に私という意識は溶けて消えてゆきます。このことを禅では、心身脱落とか脱落心身と言っていますね。そのことを身体が砂のように溶けて下の三角の中にこぼれ落ちてゆく絵で表現してみました。
私という意識や肉体から解放されると、中脈という身体の中心を流れる気脈に天地をつなぐ一本の気の柱が通ります。それは、天から地とへと地から天へと地球が呼吸しているエネルギーの流れでもあります。そのエネルギーの柱と一体化しだんだんと中心へと溶けてゆきます。肉体は、しだいに希薄になり存在感がなくなり、身体の中心の中脈が熱くなってきます。
ハートの中に焦点を合わせれば、そこからエネルギーが泉のごとくわき上がり、喜びに満たされます。さらにそのエネルギーは上昇し、脳の中心である間脳、アジナチャクラを満たします。そして、思考はとけ純粋な意識そのものへと帰ってゆきます。
その意識の中心のことを、真我とも神意識とも空とも愛とも真理とも言うのでしょう。
呼び名は、いろいろありますが、それはまさに私たちの中に存在しているのです。しかも、そこへ至るのは、さほど難しいことではなく、今ここで、即スイッチを内芯に切り替えればいいのです。
今も気功教室で、教えてきたばかりですが、この意識を解放する経験はなんとも言えず心地いいのもです。薬師堂は誰でも気軽に体験できる、具体的でやさしい方法を用意しています。夏のだるさも吹き飛んで、心と身体が非常に軽快になります。
応援ポチよろしくお願いします。
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この間の記事で、人間の意識を円で表してみました。今日は、もうちょっと説明してみましよう。その円の中心をぐいっと引っ張り上げて、円錐を作ってみましょう。そして、その頂点に板をおいてシーソーを作ります。陰陽相対的で絶えず変化しているこの世の様をシーソーで表現します。はじめのうちは、この浮き沈みの激しいこの世の中を、もしかしたら子供のように楽しんでいたのかもしれませんが、悲しみや苦しみを経験するうちにしだいに、このシーソーによって揺られることが、苦痛に感じられてきます。
赤い矢印は、中心から端に向かって外へ外へと、もっとたくさんもっと遠くへと伸びたがる私たちの欲望を表します。しかし、ご存知の通り、端に行けば行くほど、振れは大きくなりますます世の中や私たちの心の中は、不安的になります。そして、ついには、すべてが崩壊してひっくり返ってしまいます。
では、どうすれば、この不安的で安心できない、崩壊寸前の心や世の中を治せば、いいのでしょうか。
答えは、簡単です。再び中心、内面に向かって歩みよっていけばいいのです。そして、どっかりとシーソーの支点の上に座ってしまえば、これほど安定して、安心できるところはありません。中心に向かうには、外に向かう欲望を捨てて内面を見つめてゆく必要があります。はじめのうちは、わかりにくいかもしれませが、慣れてしまえば、たいへん気持ちがいい世界です。
具体的には、この間も描いたように脳の中心である間脳を刺激することが大切です。薬師堂は、そのための方法も、しっかりと把握していますので、ぜひ、お気軽にご相談ください。
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最近は、「余命一ヶ月の花嫁」といい、ベッキーの花嫁姿といい、花嫁の姿がニュースによくなる。そういえば、勝野七奈美さんの美しい花嫁姿も先週はよく眼にした。
よく考えてみると一見幸せそうに見える家族団欒の風景も、次の瞬間に不幸に見舞われる可能性がある。この絵のように滝壺に落ちるのは、もうすぐそこかもしれない。呑気にテレビを観ている場合ではないと思うのだが、意外とその時が来るまで、その事実を誰も直視しようとしない。
アンマの話にスカイイーグルとチキンイーグルの話がある。ある時、空を飛んでいる鷲が鶏小屋に若鷲がいるのを見つける。本人が勇敢な鷲である事に気づかせようと、自由に羽ばたける空へと誘ってゆく。最後には、自分の本来の姿は、臆病な鶏ではなく勇気ある鷲であることを悟って、空に帰ってゆくという話だ。
大空を自由に翔る鷲とは、肉体を離れた自由な存在である我々の真の姿の例えです。ほとんどすべての人が、自分の真の姿を忘れて、外面の世界に囚われている。自分が鶏であるという思いこみが、私たちから本来の自由を奪っている。
余命何年何ヶ月なんて計算と死に対する恐れと不安は投げ出して、今こそ永遠の命の中に飛び立つ時ではないでしょうか。
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お題とは、ちょっと違うかなと思いましたが、最近ちょとうつっぽいという患者さんに間脳を刺激するように、頭部のツボに針をうったところ全身にむずがゆい快感が走る感じでとてもすっきりしたと言われた。
こうした治療は、うつやパニック障害などにも有効だと思う。身体が元気になってすっきりすれば、気分も明るくなるものだ。そこでこんな替え歌をつくってみた。この梅雨の時期、気分が優れず身体がだるいあなたへの応援歌です。
心配ないからね 君の病が
確かに治る明日がきっとくる
どんなに困難でくじけそうでも
針うつことを決してやめないで
Hurry on hurry out
補い浄化して 針うつ快感に
すこしつかれてもOh~Oh~ もう一度針うとう
癒される喜びを知っているのなら oh
人体に反応を見つけるたびに
願いをたくし ぼくらはうってきた
どんなに困難でくじけそうでも
信じることさ 必ず最後に針は勝
Hurry on hurry out
求められ施術して 気を入れ楽になり
針は育つものOh~Oh~痛ければ痛いほど
針する喜びは きっと大きいだろう
心配ないからね 君の病気が
必ず治る明日がきっとくる
どんなに困難でくじけそうでも
信じることさ 必ず最後に針は勝つ
信じることさ 必ず最後に針は勝つ
針や気功指圧を受けてみたいかた、気軽に薬師堂にご連絡ください。きっとすっきりさわやかになれますよ。
コネタマ参加中: 高校野球にピッタリのテーマソングは?
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テレビで勝野七奈美さんの葬儀の様子を見ていたら、ある女優さんが「本当にかわいそうで神様なんていないと思った。」と言っていた。また、ある俳優さんは「不幸がおきてはいけない家族だとも」言っていた。悲しみのあまり思わず口をついてでた言葉だろうが、冷静になれば、これがまさにこの世の常ということは、いろいろの役を役者として演じているのだからわかっているのだろうと思う。
身内に不幸があり神様に裏切られたと言って、神に復讐するような気持ちになると言ったドラマを海外のだラマではたまに観るが、実は、自分自身がその意識の中心においては、「神」そのだとおもえば、この想いがいかに滑稽で自分がってな想いかよくわかる。
「私」という想いが有る限り、空のペットボトルがいつまでも波間で人生の荒波に翻弄されるがごとく幸不幸の波からのがれることができない。そのエゴを手放して、少しづつ自分を解放し、海の水を受け入れ、深い意識の底へと沈んでいけば、永遠に存在する不滅の意識にたどり着くことができる。
今年、妹さんを亡くしショックを受けたと言っていた気功にきている生徒さんは、今度は弟さんを先週亡くしてしまったのだという。不幸というのは、重なるものだとつくづく思いましたが、「青い海」の気功で海の中に悲しみや苦しみを溶かしたら、帰るころには、少し笑顔が戻っていました。自分が肉体ではなく、気や水のように永遠に流れ続けるエネルギーの流れだと想えば、しだいに心と身体が癒されて楽になって行きます。なにごとも体感として理解してゆくことが大切なことのようです。
勝野家の人々が、一日も早くこの悲しみから立ち直ることを祈念したいと思います。
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人類全体の意識を一つの円に例えると、我々が地球の表面に住んでいるのと同じように、普段は意識の表面の世界に住んでいます。円の表面が波打っているのは、相対的な世界であるこの世は、たえず善悪、好悪、好不調、幸不幸、生死という対立する二つの事象がくりかえしている二元的な世界であることを表しています。
円の表面では、過去、現在、未来と一定の方向に水平に時間が移動してゆきます。それに対して、円の中心へ向かう時間の流れは、エスカレーターのように縦に流れてゆきます。縦の時間に身を置くとは、意識の深層に深く入って行くことを意味しています。
そこは、日常的な時間の流れから解放された思考の停止した状態といえるでしょう。瞑想や気功やヨガ、太極拳など、意識の働きが静まった時に体験される世界です。
面白いのは、この意識の円は、脳の構造と対応していることです。脳の中心にある間脳に意識と気血が集まった時に私たちの意識もその中心である純粋な意識に近づいているといえるでしょう。この図は、そのことを表したものです。
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そういえば、ROOKIESの決勝戦での相手チームの監督役ででてましたね。男気のあるいい役者、いい父親というイメージが強いですね。キャシー中島さんも明るくて元気ですばらしい母親というイメージがありますね。そんな幸せいっぱいの家族の娘さんが、まだ、29才、結婚したばかりで亡くなられてしまったというのは、ずいぶんショックなことだと思います。
こういう話を聞くと、つくづくこの世は、砂浜に砂でできた城だと思います。いつ波にさらわれて、跡形もなく消えてしまうかわからないものだと。特に幸せいっぱいの時に、突然このように不幸が襲うとその想いを強くします。
アンマが良く言っているように、私たちは、いつ折れるかわからない枝にとまっている小鳥のようにいつでも飛び立てる用意をしていなければいけないのかもしれません。目先の一時的な幸せに囚われずに、生死を超えた永遠の幸せを求めなければ、いつ不幸のどん底に突き落とされるかわかりません。
この世の幸不幸は、まるで波のように絶えず変化しています。その波の変化から逃れるためには、海の中に潜ればいいのです。同じように意識を内に向けて、自らの内面の静寂のなかに降りてゆけば、しだいに心も落ち着いて、今まで味わったことのない深い喜びに気づくこともできるでしょう。
ごく親しい妹さんを亡くした喪失感から、不眠症や心身症を併発して気功にきている生徒さんも、最近は、ずいぶん楽になって朝までぐっすり眠れるようになったといいます。落ち着いた安心した顔つきになってきました。
「青い海」の気功で、イマージの海に自分の意識を溶かしてゆくいことで、苦しみや悲しみから解放され、本来ある深い喜びに気づいてきたからだと思います。自分が肉体だと思いこんでいるうちは、その死はたいへんな悲しみですが、形を変えて永遠に流れ続けるエネルギーの流れだと実感として気がつけば、その死の悲しみや恐れから解放されるのではないでしょうか。
気功やヨガは、単に心と身体の健康だけでなく、永遠にあり続ける喜びとはなにかということも教えてくれています。
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夕べは、借りてきたビデオを返すために007の「慰めの報酬」を観た。これは、ROOKIESとはまったく違う映画で、見終わってもなにをいいたいのかよくわからない。いきなり同僚のイギリスの諜報員の裏切りから始まって、それを追跡しながらドラマが展開するという混沌とした映画だった。
ショーンコネリーが、ジャームズボンドを演じていたころは、冷戦時代で敵がはっきりしていたが、現代では、誰が敵で誰がみかたかよくわからない時代になってしまった。女王陛下の007という言葉もすっかり聞かれなくなってしまった。それは、どこに帰属していいのかわからなくなってきている現代の日本にも通じる状況だと思う。
そういえば、アメリカのドラマの「24」もプリズンブレイクも同じっように、ある組織が政権内部に入り込み、政府を蝕んでいるという設定で、誰を信じていいかわからないという状況設定になっている。
これは、あなたのためといいつつ実は、自分やある特定のグループのためにすべてが動かされているという現代の状況を反映しているのだろう。誰かが、この世を自分たちの都合がいいようにコントロールしようとしている。資本主義の世の中では、資本のあるものが、やがてはすべてを自分たちの思いどうりにしてゆくというのは、当然なのかもしれないが。
すべてが、一時的で永続しないこの世においては、いずれは資本家という富めるものもその栄華を失ってゆく。ならば、聖者や聖賢を尊重し、永続する喜びを内面に求めた方が、本当の意味で得ではないだろうか。
「慰めの報酬」ってなんだろうと思って、インターネットで調べてみた。英語の原題は、「Quantum of Solace」、Quantumは、量子、分量、分け前、Solaceは慰め、安堵とあった。
要するに、現代人にが求めているのは、金や地位、名誉ではなく、慰めや安堵ということなのだろう。007でさえ、癒しを求めているのかもしれない。
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昨日の日曜日は、子供と映画館に行った。トランスフォーマーを見ようと思ったのだが、いっぱいだったので、ROOKIESを観た。もう公開されて一月もたっているので、余裕でみられと思っていたら、けっこういっぱいだったので驚いた。しかも、終わってみたら小学生がけっこう多かった。そうか、そういえば、今の子供たちには、夢がないからなと妙に納得した。
隣の席のお父さんが感動して泣いていたが、今の世の中、すっかり夢を奪われた社会になってしまったので、こうして「夢」をストレートに語って、ひたむきに生きる姿にだれしも感動してしまうのだなと思った。「おまえたちが、俺の夢だ。」なんていってくれる指導者はすっかりいなくなってしまった。皆、自分の保身のことばかり考えて、まじめに仕事をしている労働者は、派遣や非正規へおとしめられて、都合が悪くなれば、すぐに首を切られてしまう。働かずに金だけをころがしてもうけようとする資本家とそれに組する人たちの道具のようになってしまった。
がしかし、100年に一度という不景気で、潮目が変わろうとしている。このチェンスにぜひ、また、自分だけが得をすればいいという自利貧の社会から、みんなが幸せになることが自分も楽しいという社会に、ROOKIESのように落ちこぼれた若者たちでも夢をもっていきることのできる社会に変わったほしいものだ。
ROOKIESは、そんな希望を抱かせる夢が目にしみる映画だった。
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一月ぐらい前から集中的に間脳に刺激をいれるよに、スキのポーズとブリッジを中心に毎日5,6セット、15分ぐらいのヨガをやり始めたのは、以前にも書いた。
最近、気がついたのだが、右の額の横の白髪が黒くなり始めている。これほど急に効果があるものかと驚いた。間脳は、ホルモンと自立神経の中枢なので、さっそく効果がでてきたのだろう。
マイケルジャクソンが、デメロールという鎮痛剤によって死亡したのかもしれないと報道されているが、自ら直接の脳を刺激する方法を知っていたら、これほど早く亡くなることもなかったのだろう。
間脳こそ命の若返りのツボではないかという思いをあらためて思った。このツボは、もちろん精神の安定にも非常に効果がある。誰もが、この方法をマスターすれば、まさに薬いらずになるかもしれない。
健康も喜び、すべてはすでに自分自身の中にあるということだろう。
興味のある方は、薬師堂に気軽にご連絡ください。
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うちには兄の飼うキャバリアノのミッシーがいた。今は、兄と二人暮らしなので、昼間兄が仕事に出かけると、自宅で治療院をしている私とずっといっしょにいることになる。私は、畳の部屋に「いるので、基本的には犬は土足ので進入禁止にしていたが、いつもひとりぼっちで寂しそうだったので、ミッシー用のスペースをくぎってシートを敷きおいてあげた。
兄は、ほとんどかまうこともしないわりには、ドッグフード以外の餌はやりたがらなかった。私はと言えば、どんなに兄に注意されようとかまわず、自分が食べたものは、お裾分けしていた。おいしいものも食べずにただ長生きしても意味がないと思ったからだ。
魂に進化というものがあるならば、犬としての段階に固執して長生きするよりも、早く卒業して次の段階に進んだ方がいいだろうと思った。そのせいか、今年の3月に12才で亡くなってしまった。月を見ながら、兄の腕の中でなくなったそうだ。なかなか見事な大往生だった。
治療室で瞑想していると必ず吠えてよんだものだ。気を送ると気持ちよさそうに横になった。動物は、気に対して敏感ならしい。私が唱える般若心経もよく聞いていたので、今頃はきっと天国で感謝していると思う。
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マイケルの記事を書いたので、どれくらいの人がこのブログに訪れてくれるのか、楽しみにしていたが、結果は惨憺たるものだった。普段の記事よりも訪れてくれた人は少なかった。
しみじみと人気と歳月は、走り去るものだと思った。彼ほどのスーパースターにしても時には勝てなかった。だからこそ、一時的なものと永遠に続くものとの識別をはっきり持ちなさいと聖者がいうのだろう。
何度も生死を繰り返し永遠に回転を続けるこの輪廻の舞台から自由になるには、自分自身が静止しなければならない。静止して瞑想状態に入れば、地球の中心、存在の中心から自分を貫き流れる縦の時間の中に入ることができる。その時、一切の幻想、妄想からから解放されて永遠の喜びの中に止まることができるだろう。
時間の流れを止めて輪廻の輪から解放されるかどうかは、あなたの意識にかかっている。それは、さほど難しいことではない。はじめは、誰かの助けが必要かも知れないが、慣れてくれば、しだいにその喜びがわかるようになる。
太極拳や気功をしているととても彼のようにかっこよくは動けないが、心と身体の平安をうることができます。いつまでも明るく元気でいるために皆さんも試してみてはいかがですか。
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この間の日曜日、近くにある満菜館という中華料理屋さんに久しぶりに行ったら、「冷やしラーメン」というのがあった。夏が近づくと、「冷やし」という言葉がつくと思わず、食べたくなって注文した。結果は、なかなかうまかった。
薬師堂でも、夏は、「冷やし指圧」でも考えてみる必要がるかもしれませんね。
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