指圧の心、母心、押せば命の泉湧く
夕べは、9時からいつも来る近所の奥さんを治療した。ここしばらく頭痛がしているとのことだった。これも身体が冷えて、気が上に上昇したために起きたものと思われる。お腹や足の冷えをとって、気を下に降ろさなければ、薬を飲んでものあまり効果はない。
指圧をしている内に、自分の身体の内側から温泉のような温かな気がわき上がり、両手の平から患者さんの身体への流れ込んでゆきはじめた。患者さんも足が温まり、身体全体がお湯に溶けたように気持ちよく横たわっている。夢うつつの状態のようだ。
浪越徳治郎さんが、「指圧の心、母心、押せば命の泉湧く」と詠んでいるが、それはこの内側からわき上がる温かなエネルギーのことを歌っていたのだということがよくわかる。以前は、命の泉とは、患者さんの中のことかと思っていたが、実際は、施術者、そのもののなかからわき上がる命のエネルギーだったことに気がついた。
この命のエネルギーを愛とも呼ぶこともできるだろう。「愛」とは、「する」ものではなく、「ある」 もの「泉のごとく蕩々とわき上がる」ものであると最近、感じる。愛は、すべてを溶かし癒し、あらゆる苦悩や思考を消して、命の根元へと流れ去ってゆくものなのだろう。
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