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2009年10月

指圧の心、母心、押せば命の泉湧く

Gazou_1749

 夕べは、9時からいつも来る近所の奥さんを治療した。ここしばらく頭痛がしているとのことだった。これも身体が冷えて、気が上に上昇したために起きたものと思われる。お腹や足の冷えをとって、気を下に降ろさなければ、薬を飲んでものあまり効果はない。

 指圧をしている内に、自分の身体の内側から温泉のような温かな気がわき上がり、両手の平から患者さんの身体への流れ込んでゆきはじめた。患者さんも足が温まり、身体全体がお湯に溶けたように気持ちよく横たわっている。夢うつつの状態のようだ。

 浪越徳治郎さんが、「指圧の心、母心、押せば命の泉湧く」と詠んでいるが、それはこの内側からわき上がる温かなエネルギーのことを歌っていたのだということがよくわかる。以前は、命の泉とは、患者さんの中のことかと思っていたが、実際は、施術者、そのもののなかからわき上がる命のエネルギーだったことに気がついた。

 この命のエネルギーを愛とも呼ぶこともできるだろう。「愛」とは、「する」ものではなく、「ある」 もの「泉のごとく蕩々とわき上がる」ものであると最近、感じる。愛は、すべてを溶かし癒し、あらゆる苦悩や思考を消して、命の根元へと流れ去ってゆくものなのだろう。

 

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寒さが身にしみる季節となって

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 朝晩めっきり寒くなってきて、身体の不調を訴える人がでる季節となってきた。昨日指圧した患者さんたちも、夏と違って身体が硬くなっていた。身体は正直なもので本人が意識する前にちゃんと反応している。

 最近は、だいぶ調子がよく足の痺れもとれててきた患者さんの身体も左半身がだいぶ堅くなっていて、正座をするのがおっくうのようだった。なんだかんだ言っても、夏のほうが身体の調子はいいものだ。寒さや「冷え」というものが、一番からだに応えるものだ。

 それでも指圧を終えた患者さんの顔はほろこび、気で心も身体も温まってほっとしている。そうした患者さんの喜んだ顔を見るのが、なによりありがたい。

 紅葉と寒さがしだいにましてゆくこの季節、どうぞ薬師堂にきてほっとしてお帰りください。

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パソコンの無料回収

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 最初に買ったIBMのパソコンは、しばらく家の外に置かれていた。以前来た廃品回収業者の軽トラのおじさんに聞いたら、2千円で引き取ると言われた。都市鉱山などと言われて希少金属の資源と言われているのにお金を払って回収してもらのが、なんだ受け入れがたくそのままにしておいた。

 ところが、2,3日前にチラシが入り、ある業者の方が渋川で、今日から16日間、閉鎖したパチンコやさんの駐車場を借りて無料で電化製品などを回収してくれるという。今日、喜びいさんで、古いCDラジカセや壊れたビデオデッキ、使わなくなったファックスフォン、そして、問題のパソコンをもっていった。

 行ってみると初日だったせいかまだそれほど集まっていなかったが、親切に誘導していただいて無事すべてをあずけてくることができた。本当にありがたいことで感謝でいっぱいになった。解体には、人手や費用がかかるのかもしれないが、今のように一律いくらとお金を徴収されるやり方は、なにかおかしいと感じる。こうして無料で回収してくれる業者の方が増えるとありがたいと思う。

 そして、そうした解体の作業の時に知的障害のある方たちが働ける場ができれば、すばらしいのではないかと思っている。みんなで智慧と力を合わせて、捨てれられた物から新しい資源を開発できれば、明るく元気な日本を再生できるかもしれないと思う。

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在宅リハビリマッサージ

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 鍼灸指圧はなかなか保険の適用が難しいくされているのだが、在宅でのリハビリマッサージは医師の同意書があれば比較的容易に受けることができる。

 主な対象疾患は、脳梗塞後遺症、脳出血後遺症、脳疾患障害後遺症、多発性脳梗塞、変形性腰痛症、変形性膝関節症、変形性脊椎症、慢性関節リウマチ、多発性関節リウマチ、腰 椎 椎間板ヘルニア、頚椎損傷、大腿骨頸部骨折、四肢筋萎縮、パーキンソン病、ギランバレー症候群、閉塞性動脈硬化症 術後の筋麻痺・筋拘縮などで、筋麻痺や関節拘縮があることがその条件となる。

 昨日、往診に行ったうちで旦那さんを看病している奥さんにこんなことを言われた。
奥さん:「先生、この間、マッサージをしている時にくさくありませんでしたか。」

私:「そういえば、なんとなく臭っていましたが」

奥さん:「あの後、どっさりうんちがでたんですよ。いつもほんの少ししかでないのに、やっぱりマッサージのおかげですかね。」

私:「そうですか。そういえば、いきんでいましたので、もしかしてと思いましたが、それはよかったですね。気功指圧をすると内臓が動くんですよ。」

 旦那さんの内臓の働きが良くなったことに奥さんは、とても喜んでくれた。筋麻痺や関節拘縮の改善もそうだが、気を入れることによって内臓の働きがよくなることは、もっと大切なことかもしれない。

 どんな状況にあろうとも「気」は、生命の質を高めてくれるといえるだろう。

在宅でマッサージを受けたい方は、薬師堂までご連絡ください。

 

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疲労困憊、そして復活

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 先週の忙しさから、つい今日の午後に歯科医院にゆくまで疲れ切っていた。ところが、治療のために名前を呼ばれ治療室に入る直前、元気が頭頂から入って脳の中心アジナチャクラに集まってきたように感じた。

どうやら歯の治療を受ける前には、脳内に自然と脳内麻薬が分泌されるらしい。そのために身体全体が気持ちよくなり、元気に満たされてくるようだ。おかげでその後に入った患者さんの治療もスムーズに済んだ。

 このことが無ければ、疲れ切っていてできなかっただろう。「災い転じて福となす」というが、危機に直面するとかえって元気が復活してくるものなのだろう。 人間の身体というのは、よくできているものだ。

 もし、みなさんも疲労困憊してしまったら、歯科医院の治療室に入るとことをイメージしてみるといいかもしれませんね。

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ゆずりは

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 先週木曜日、親戚の叔父の葬式の翌日、子供の就職のことで授産施設である「ゆずりは」に行ってきた。行ってみると驚いたことに、高校時代の同級生が二人中心になって運営していた。

 元々彼は、家業の農業をついでいたのだが、3,4年前から木工の仕事をしていた友達と二人でこの施設を立ち上げたという。20人ぐらいの子供達が生き生きと働いていた。けんだまを削ったり、色つけしている子供やタマネギの皮をむいて加工したりしていた。

 これからの農業は、どうなってしまうのかと心配していたが、こうした子供達が高齢化でだれもしなくなった農業を担うことができれば、すばらしいことではないかと思った。

 人を癒すということと土地を耕し生きるということが、一つにつながるようなそんな気がしてきた。障害のある子供達が生き生きと生きることのできる社会は、だれもが幸せに生き癒される社会になるだろう。

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戒名

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 昨日は、叔父の葬式が行われた。親戚筋にあたるお寺の息子さんのお坊さんが行った。お経もなかなかよかったし、まだ若いが、父親よりも誠実で良い感じのお坊さんだ。

 その夜、従兄弟と飲んだら、初七日と合わせてしめて数十万円とのことだった。式の終わりのはうで、そのお坊さんが一生懸命、戒名の意味を説明してくれていたが、彼なりの誠意の表れだったのだろうと思う。

 彼のなかでも家業の坊さんを継いで、しかたなくお葬式をしているが、本来の仏教の教えと反した戒名の値段とのギャップをそうした説明で埋め合わせたいという気持ちが働いていたのかもしれない。

 本来、無所得、無一物を宗とする禅の宗派が、平然と金に窮した大衆から、数十万円もの大金をまきあげるのは、その宗旨にあっていることなのだろうか。これでは、早晩、大衆からの支持を失い、今の若い人たちから見放されるだろう。

 寺や組織を維持することが、禅の目的ではないと思う。永遠の命、永遠の喜びを示し、肉親の死という悲嘆にくれた人々の苦しみと迷いを救うことこそ、その本来の目的だと思う。

 もちろんまじめに修行をされているお坊さんや良心的に対応されている方もたくさんいるだろうが、すべてが崩壊してたくさんの人が生活の基盤を失いかけている今こそ、本来の教えに帰って、人々を救済する気持ちで葬式も執り行っていただきたいのもだと思った。

若く意欲のある僧侶に改革を期待したいと思います。

 

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通夜

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 突然、親戚の叔父さんが亡くなったという知らせがあり、昨日、通夜に行ってきた。ついこの間も広島に住む従兄弟の家に行き楽しんできたばかりなので、あまりに突然の知らせに驚いた。良くアンマが、「人間は次の瞬間に生きているかどうかもわからないのだから、今にも折れそうな枯れ枝に止まっている小鳥と同じようにいつでも飛び立てる準備をしていなければならない」というが、まったくその通りだと思った。

 しかし、一般的にはんなぜか「死」は、避けられる傾向にあり、あまりそのことを話題にする人はいない。もっとも切実な問題であるにもかかわらず、皆それを直視しよとはいしていない。「死」は、とても身近なものであり、いつ誰にやってくるかわからないものだ。それは、自然なことで、恐れることでも忌み嫌うべきものでもない。むしろこの世の修行から解放された、喜ぶべき瞬間かもしれない。

 昨日もそうだったが、お経を聞いていいるとエネルギーが身体中に満ちてきて元気になってしまう。故人をしのぶ気持ちとは、裏腹にお経の中にあるエネルギーが、身体中に満たされてくる。悟りを開いた、お釈迦様のエネルギーが入ってくるのだろうか。悟りを開くとは、こういうことで無限のエネルギーと一体化するのだから、「死」はないも同然ということなのだろう。

 故人との別れは、悲しいが、本来ある命の源に帰るのは、実は喜ばしいことのように思う。

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人間電子レンジ

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 夕べは、ふとんの中で寝ていて非常に熱かった。気が身体の中に入ってくるとまるで「人間電子レンジ」だなと思うくらい熱い。身体のなかで電子かなにかがぶつかり合っているよな熱さだ。

 これでは、冷え性なんて縁がない。身体全体が燃えるように熱いのだから。気が流れて足が温まるという感じでもない。身体の中が電子レンジになってしまった感じだ。

 気功というのは、物理科学的なものだ。けっして化学的なものではない。一般的な医学では、身体を化学的に捉えて薬を処方するのだろうが、気功は、もっと直接的だ。電子、原子のレベルで身体を活性化してゆく。

 身体の内面に意識を向けたとたんに、身体のなかの微粒子の働きが活発化して運動しぶつかり合い熱を発しはじめる。だれでも気功を長く続けることで、そうした感覚をものにすることができると思う。冷え性でお困りの方は、ぜひ、薬師堂にご相談ください。

 

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プリズンブレイク シーズン4

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 プリズンブレイク シーズン4を見終えた。なにがしかの結論がでるのかと思ったが、結局、来シーズンのために中途半端な形で気を持たせて終わったしまった。

 いつになったら自由を手にすることができるのか。束縛から解放されてしまったら、ドラマが終わってしまうので、いつまでも堂々巡りの追いかけっこが続くことになる。

 ドラマを見ているうちにしだいに自分の人生と重なってくる。この世という迷宮にいつまでも迷い続ける悪夢を見ているような気分になる。

 真の自由を手にするまでは、だれしもプリズンブレイク の主人公のように囚人なのだ。

 幸いなことに、どうすれば、真の自由を手にすることができるかということは、わかっている。それは、限られた肉体としていきるのではなく、自由で無限な広がりのあるエネルギーの流れとして、自らをイメージして生きることだ。そうすれば、私たちを遮る壁はなくなり、すべてが自由と喜びの中に輝きだすだろう。

 

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心と身体の相関性

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 今日、ある患者さん治療したでところ左の内股の胃に関連した経絡を指圧した時に、痺れるような痛みがこちらに伝わるのを感じた。

 胃か膵臓の調子が悪くないですかと尋ねた。その時はあまりはっきり答えなかったが、治療しているうちに、実はあることがあってここ2,3日悩んでいたと告げられた。

 そのストレスが胃にきていたのだとわかった。身体は嘘をつけないものですねとお互い妙に納得すると、治療が終わる頃には、すっかり気分も晴れたようだった。

 心と身体は、密接に結びついている。表面的な意識では、ごまかそうとしたり忘れようとしても、無意識のうちに身体にでてしまう。そをれを見つけて自然に癒してゆくことが、我々の仕事だ。

 皆さんもぜひ、薬師堂にきて心と身体の重荷を下ろしていってください。いつでもお待ちしています。

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健康と喜びの要点は、単純なことの繰り返しにある

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 よく次から次へと高いお金を払って、いろいろな講習会に参加する人がいるが、結局、なにもつかむことなく、入り口のところをぐるぐるまるだけで終わってしまうのではないだろうか。

 最近の気功教室は、始まる時は寒くなったが、終わりの頃には、みんなの熱気で部屋全体があたたまり、みんなの額に眩しい汗がきらきらと輝いている。「青い海」の気功という単純な動きを繰り返し繰り返し重ねているうちに、すっかり気の世界が深まってきたようだ。

 複雑な動きでは、表面的な意識の働きを抑えることができないので、いつまでたっても深まることができない。単純で覚えやすい動きだからこそ、その動きそのものを忘れて、しだいに深い意識の底に降りてゆくことができる。

 身体中を光りの龍が動き回るように燃えるように熱くなってゆく。その喜びを例えようもなく、実際に体験して人にしかわからないだろう。薬物なんて目じゃない、本物の喜びだ。

 その本物の喜びは、意外と簡単に手に入れることができる。ただ、単純な動作を繰り返し繰り返し行い、自分という意識を苦痛や悲しみとともに投げ出してゆくだけだ。

 後には、生き生きとしてエネルギーに満たされた新しい自分を発見することだろう。

こんな気功をぜひたくさんの人に伝えたいと思います。詳しくは、薬師堂まで。

 

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自らの内に眠る無限の愛の泉

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 はじめてアンマに会った時、こんこんとわき上がる無限の愛の泉が流れ出ているのを感じた。アンマは、疲れ知らずだ。24時間、ハグしたとしても、生き生きとしているらしい。しかもあまり食事もとらないという。

 上江洲先生の光話を聞いていていも、無限の愛のエネルギーが流れでちるのを感じる。ヒーリングをして、その後に光話をしてくれるのだが、やはり、休みなく疲れを知らない。

 自らの内にある無限の愛の泉を開いた方たちのなんとすばらしいことか。

 彼らの存在に勇気づけられる。それはなにか特別だことではなく、だれの内にも存在しているという。ただ、そこことに気づかず、外にばかり意識を向けているので、その泉を開くことができないだけだという。

 自らの内にこそもっともすばらしいものがある。それを求めずに何を求めるといのだろう。永遠の喜びは自分自身のなかにすでに備わっているのかだから。

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今日は、忙しかった

 最近、忙しさにかまけて更新が遅れてしまって、申し訳ありません。今日もめいっぱい忙しかったです。

 午前中から、夜12時半まで、全部で13人治療して、他に二人断りました。重なる時には、重なるものです。

 夜、9時からホテルルートインで立て続けに5人の治療をしましたが、身体の中に真っ赤な龍が入った炎を吹き出しているように熱気が吹き出し疲れを知りません。身体の中心が開くとはこういうことです。

 肉体的には多少疲れますが、気で充実した身体は、疲れを知りません。無限のエネルギーが身体から吹き出しているようです。

 みなさんも薬師堂でそのエネルギーをぜひ体感してください。

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