実感
そういえば、最近、上江洲先生の話では、悟るということは「実感」として感得するということが、大切だと言う話を良くしている。
気功や指圧をしていると、いつも「気」を実際に感じながら生きているので、この話は実によくわかる。上江洲先生の話を聞くときも、先生の言葉の中から放たれるエネルギーを感じているので、話の内容はほとんど覚えていない。
よく話を録音している人がいるが、彼らは、言葉を知的に理解しようとしているように見える。知的な理解は、人を観念的にして、かえって本質から遠ざけてしまうかもしれない。そうした神話的な物語の世界にはまってしまうと、宗教による戦争やテロといった本来の趣旨とは正反対の行為にでてしまうのだろう。すべてが、一体であると感得した人々が、どうして人を殺すことができるのだろうか。
だからこそ、すべてが一体であると実際に感得した人の話を聞いたり、近くにいることで、その人から放たれるエネルギーを感じることが大切となる。宗教が、単なる思いこみを人に押しつける時、それはたいへん危険なものとなる。「分けない、裁かない、すべてを感謝しうけいれる」ということが、真に悟ったということの証だろう。
アメリカの強欲資本主義の影響で最大限にふくらんだ欲望が、破裂した今。練炭と睡眠薬で人を殺す前に、本当の幸せとは何か。永遠の喜びを実感できる生き方を求めては、いかがだろうか。
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