« 因果応報 | トップページ | 否定的な言葉と心臓病の相関性 »

自分の姿を撮ることにあまり興味がない

Img_0200

この間の日曜日は、親父の誕生日で、小野上温泉に家族で行ってきた。温泉を出た後に、小野上温泉の食堂でお昼を食べて軽くお祝いをした。その時、いつものように家族で記念写真を撮った。食事が出そろってから、もう一度と言われたがあまり気乗りがしないので断った。断ったら、意外にも親不孝と言わんばかりの反応を受けた。ちょっと意外だったが、単に自分を撮ることにあまり興味がないことを説明したが、わかってくれたのだかどうか。

この写真は、うちの二階から見えた昨日の子持ち山の山頂だ。今日は、天気も晴れて春めいてきたが、山頂は、夕べ雪が降ったようだ。こうして身近な山の写真を良く載せるが、それはその視点の中にこそ本当の自分がいるからだ。本当の自分とは、その肉体の姿の中ではなく、むしろその視点の中にこそいる。そういう意味で風景写真は撮るのが好きだ。また、風景の方がたくさんの人が見て喜んでくれると思う。

自分の姿を撮った写真を残しても、自分がこの世から居なくなったら、いったい何人の人が見るだろうかとも思う。ほとんどいないのではないだろうか。その点、こうした文章や風景写真は、たくさんの人が見て楽しんでくれる可能性があるので、残す意味があると思う。自分を消して忘れたとろろにこそ、多くの人の喜びに繋がるものがあるのではないだろうか。

« 因果応報 | トップページ | 否定的な言葉と心臓病の相関性 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/219443/61258641

この記事へのトラックバック一覧です: 自分の姿を撮ることにあまり興味がない:

« 因果応報 | トップページ | 否定的な言葉と心臓病の相関性 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Translation

無料ブログはココログ

Amazon

YAHOO NEWS


map