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砂上の鐘楼

Sajyor

今日の治療で、患者さんが、檀家になっているお寺が鐘楼を作ったという話がでた。なんで今頃鐘楼なんて作るのだろうと若い人たちは反対していたらしい。結局、その患者さんのうちも院号をだいだいもらっているうちなので、数十万円をそのために寄付させられたのだという。しかも、その鐘には、自動鐘つき機がついているのだという。この調子でいくと、そのうち葬式もロボット僧侶がお経をあげる時代がやってきそうだ。

元々鐘は、「ゴ~ン~」というもっとも単純は波形の響きで、人々の心を本来のシンプルな悟りの世界へ返すために僧侶が、たたいていたのだと思う。除夜の鐘も108の煩悩を払うことで、一年間にため込んだ雑念を払い、新たな年を迎えるためにたたくのではないだろうか。「ゴ~ン~」という音の元は、「オ~ン~」という響きだ。その響きが、脳の中心にある間脳に響く時、人は、思考の回路が閉ざされて、単純な静寂の世界へと帰って行くことができるようになる。

僧侶が鐘を叩くのは、日々の修行によって、絶えず静寂の世界に意識の焦点を合わせている人物が、その波動を日々生活に追われ、雑念の虜になっている人々の心と体に伝え広め、浄化するために行うのではないだろうか。

そう思えば、自動鐘つき機がいったい何の意味があるというのだろうか。それは、本来の仏の教えにあっていることなのだろうか。

 

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