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愛ってなんだろう?現代を生きる女性聖者の言葉


以前にも書いたアンマについての記事をまとめてみました。
アンマとは、正式にはマータ・アムリタナンダマイと言いますが、インドの言葉でお母さんという意味の言葉です。以前、インドにあるアンマのアシュラムに 行った時に、小さな子どもがその母親に向かってアンマと言って駆け寄っていったの見て、「ああ、アンマって本当にお母さんって意味なんだな」と妙に納得し たのを覚えています。世界中をハグして回っている聖者のアンマは、世界中のすべての人のお母さんということでしょう。アンマは、ハグすることによって、悩 み苦しみ悲しむ人々に延々と無償の愛を注ぎ続けています。すでにその数は、3400万人以上にも達すると言われています。

日本にも毎年5 月にいらしてくれています。最近は、あまり行っていませんが、私も10年ぐらい毎年ハグを受けに通っていました。ハグをする時は、いつも何百人もの人で会 場が埋め尽くされています。その偉大なエネルギーに満ちあふれた会場でインドの音楽に酔いしれながら、アンマの愛の世界へと一つに溶けてゆきます。

アンマ自体は、本を書きませんが、そのお弟子さんがアンマの言葉をたくさんの本にして出しています。その中にこんな話があります。

以下引用
質問:アンマに会った人は、みなその愛を賞賛します。どうしてなのでしょう。

アンマ:アンマは、誰に対しても特別な愛を示したことはあり ません。愛は、あまりに自然に起こります。アンマは人 を嫌うことができません。ひとつの言語しかしりません。それは愛の言語です。愛はすべての人が理解するひとつの言語です。今日世界中で人々が経験している 貧困は、無私の愛の不足です。
 すべての人が愛について語り、お互いに愛してると言います。でもそれは本当の愛とは言えません。今日人々が愛と 思っているのは、金メッキで覆われた安物の装飾品のように「自分勝手」という色で染まっています。見た目はちょっとよさそうに見えますが、質が悪く、長持 ちしません。
 病気になって入院することになったある少女が退院するときに父親に言いました。
「お父さん、ここの人たちは、とても親切 でした。家族と 同じくらい私を愛してくれたの。お医者さんや看護婦さんは私を世話してくれ、いつも私にどんな気分なのか訊き、必要な世話はすべてしてくれました。ベッド が用意され時間になると食事が出され、決して怒ったりはしない。お父さんとお母さんは、いつも怒っているけど、そんなことは全然なかった。」
 その時一枚の紙が事務員から父親に手渡されました。少女がそれはなにかと尋ねると、お父さんが答えました。
「ここの人たちがどんなにお前を愛してくれたか言ってたよね。ほら、これがその愛の請求書だよ。」

  子供たちよ、これが現代社会で見られる愛というものです。私たちが見る愛の背後には自己中心が隠れています。市場の商売の精神が個人の人間関係の中に入り 込んでいます。誰かに会って最初に心に思い浮かぶことは、その人からなにを得られるか、です。もし、何も得られないと思うと、関係をもつのをしぶります。 たとえ関係ができても、得られるものが減ってくると、すぐにその関係は消えてゆきます。現代人の心の中にいかにたくさんの自分勝手があるかわかりますか。 その結果として、今人間性が、被害を受けているのです。

引用終わり

歌を聴いてもテレビを見ても「愛」という言葉は、あふれかえっていますが、果たしてそれが「本当の愛」と呼べるのでしょうか。この話を聞くと、もしかしたらそれがとんでもない間違いを犯しているのかもしれないと思えてきます。

また、アンマの言葉を引用します。

愛が神格の「愛」になる時、同時に慈悲、つまり思いやりがハートにあふれる。愛は内なる感覚で、思いやりは愛が外に表わされたもの。思いやりとは、誰か苦しんでいる人間に真心からの気遣いをあらわすこと。だから、愛と思いやりは、同じものの裏と表で、共存している。
愛 と大きい「愛」の二つがある。あなたは、家族を愛しているけれど、隣の家の人のことは愛していない。自分の息子や娘は愛しているけれど、すべての子供たち を愛しているわけではない。自分の父親、母親を愛しているけれど、そんなふうにすべての人の親を愛しているのではない。自分の国は愛しているけれども、す べての国を愛しているのではない。だから、これは本当の「愛」ではない。限定つきの愛にすぎない。限定つきの愛を神格の「愛」に変容させることが、霊性の 目標なのです。「愛」に満ちると、美しくて香しい慈悲の花が咲く。

「」なしの愛は、狭く限定された愛。それは、小さい自分の世界に存在す るもので、そこにはせいぜい数人か、物が数個しかはいれず、狭くて絶えず変化している。そこには盛り上がりがなく。盛り上がりに見えるところも、高い山で はなく、地面から少しだけ盛り上がっているだけ。小さな山はすぐに平らになって、平地になり、この愛には浮き沈みがある。そのうち、すべての「浮き」は消 えて「沈み」だけになってしまう。
この変転する愛は、「私は」と「私の」という感覚が消滅した時に初めて永遠の「愛」となることができる。「私」 という感覚があるかぎり、そこには「あなた」という感覚もあるから、愛はいつでも個人的な色彩で、二人の人の間に生じ、愛するためには二人いなくてはなら ない。この二人が消滅すると、愛は個人的なものではなくなる。その一体化の状態のなかには、大きな「愛」の絶え間ない流れがある。その時はじめて、「愛」 がその源流からほとばしりはじめる。「愛」が流れ出る時、行く着く先のことは考えず、ちょうど河の流れのように、「愛」の流れはさえぎることができない。 河は流れずにはいられない。河は、その行き着く先、海のことは考えない。海に流れこむのは、ただ流れの結果として起きるから、そこには計算がまったくな い。
同じようにエゴや恐怖という障害物と、他者という感覚が消えると、あなたは「愛」すること以外は何もできなくなる。何も見返りを望まない。受けることには関心がなく、あなたは、ただ流れる。

引用終わり

一昔前は、三高と言い、今は公務員がいいと言います。まあ確かに生活が安定している公務員がいいのかもしれませんが、その公務員だってこの先世の中で何が あるかわかりませんのでどうなるかはわかりません。絶対確実なものは、この世には存在しないということを覚えておいた方がいいのかもしれません。

ア ンマの言葉の最後の部分、「”エゴや恐怖という障害物と他者という感覚が消えると、あなたは「愛」すること以外は何もできなくなる。何も見返りを望まな い。受けとることには関心がなく、あなたは、ただ流れる。”と言っていますが、欲しい欲しいという愛が多い中で、こうした感覚の愛に出会うことは、本当に 希なことで、現実的にはほとんどないと言っていいのではないでしょうか。

しかし、最後の「ただ流れる」という言葉は、「青い海」の気功をしている時の感覚に似ています。その時は、ある意味「愛」そのものになっていると言えます。

それでは、真の愛とは何でしょうか。アンマは、真の愛についてこのように言っています。

真の愛とは、ハートの中にある。ハートの中にある愛は、言葉で語ることができないし、言葉にならない。ハートの中には、言葉の居場所はないから。言葉は、 知性のもので話すことはできるけれど、それはテープレコーダーと同じしろもの。この言葉、あの言葉、といった具合に次ぎから次へと言葉を録音してはき出す だけなの。おしゃべりの多いところには、愛はない。
本当に愛する人は瞑想するのみで、決して考えない。その人の思いはすべて最愛の人とともにあ り、だから彼のこころには波が立たず、最愛の人のことだけ。一つしか思いがない時には、心は存在しない。愛する人は、いとしい人に心を集中し、自分のハー トの奥底、言葉では届かない奥の奥に、触れることができる。詳しく説明しようと思っても言葉にならない。愛する人は絶え間ない瞑想状態へと引き込まれ、そ の時二人は一つになる。
本当に愛する時、人は瞑想で満ちあふれ、沈黙し、自分の真の自己の内に安らぐ。

引用終わり

真に愛し合える人が、この現実の世界に果たして実際にいるのかどうか。それが問題なような気もしますが、真の愛は、私たちを沈黙の世界へと導いてくれるよ うです。真の自己のうちに安らぐとは、最高の喜びの中にいるということだと思います。深く静かな喜びです。この愛は、たえず気持ちが変化する人間でなく永 遠不滅の存在に向けた方がいいのかもしれません。そうすれば、いつかきっと成就するのではないでしょうか。

もし、人を愛する場合にも、その人の奥にある神聖な意識に向ければ、裏切られることもないかもしれません。こうした聖者の言葉は、普段何気なく使っている愛という言葉の意味を考えるきっかけになります。

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