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国による社会的な気流の違い

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先日の治療で中国に出張に行ってきた患者さんが、面白いことを言っていた。「中国に行くとなんか空気感が違うんですよ。それで道を渡る時も前の中国人の動きを見ていて真似しながら渡るとこれがうまく行くんですね。」と。なかなか面白い話ですね。空気感という表現もなかなか的を得ていいですね。

人間の身体の中にも気が流れていますが、身体の外の社会にも、その場所独特の気が流れているのかもしれませんね。そう考えれば日本の空気感と中国の空気感が違うのは、当然かもしれません。また、中国人は、日常的に風水とかやっていて、その気の流れを大事にしているようですね。

後は、自然の豊かな田舎とビルばかりの都会では、当然、そこを流れる気にも違いがあると思います。最近、まったく東京に行く気が起きないのは、そうした都会の空気感が耐えられなくなってきたからかもしれません。やはり、周りを自然い囲まれて暮らす方が、人心も身体も豊かに過ごすことができるのではないかと思います。

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