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死ぬまで死ぬことに無関心

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夕べ夜中に目が覚めたら朝までテレビで介護の話をしていた。誰かが、社会保障費が増えるので消費税を上げなければならないと言っていた。それって何かおかしいと感じた。そんなことをしたら、ますます重税になって生きていること自体が楽しくなくなってしまうだろう。まさに五木さんが言っているように嫌老社会になってしまう。

自分が毎晩、寝ながら言葉を唱えて覚醒と睡眠の間で本当の意識を探っているのは、ある意味死の予行練習と言えるかもしれない。死んで旅立つ意識の先を探求しているのだと思う。ある意味生きることのゴールが死なので、当然のことだと思うが、普通の人は逆に死から逃げたがっているのかもしれない。できるだけ死を見ないように考えないようにしていてもいつか必ず向こうからやってくる。ならば、いつでも気持ちよくこの世を旅立てるように日々準備していた方がいいのではないだろうか。

肉体がなくなっても意識とエネルギーは残ると考えれば気が楽だ。この世がすべてだと思って執着することで、生きることが重くつまらなく苦しいことになってしまっている。だから、意識を生命エネルギーの流れである気に移したらどうだろうか。気は実際に感じることもできるので、肉体にそれほど囚われることもなくなってくる。小川の水の流れのようにさらさらと流れ去って行くことがすべての人の喜びにつながってゆくのではないだろうか。

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