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絶対主観の世界

Sun60

今の世の中、科学を初め客観的という言葉が重要視されすぎる傾向がある。何でもかんでも数字に置き換えないと気が済まないようになってきている。早い話、人間の健康までもが数値で表れている。その数値を金科玉条のように崇拝しているが、果たしてそれで幸せと言えるのだろうか。数値を重視し、肉体の延命だけを考える医療が逆に社会の存続や個人を追い込んではいないだろうか。人間の幸せは、その人が生きた年数で計れるものなのだろうか。むしろ、短くても充実した命のありようというものがあるのではないだろうか。

  

いつもの患者さんもデジタルの音よりアナログの音の方が良くて、楽しみながら昔のレコードを探したり、昔のアンプを買って修理しているという。そうしてできた音楽を聴いて寝るのが今では何よりの楽しみになっている。一時期は、寝る前に所謂ヒーリングミュージックのCDをかけて聞いていたらしいが、今では、若い頃にはやっていた音楽を聴くことの方が、その音楽を聴いていた頃が思い出されて癒やされると言う。

 

デジタル社会は、本当に人を幸せにしているのだろうか。職場でも家庭でもお店でも会話が減って人間性が失われてきてはいないだろうか。

 

会社では、ISOとか言うものが幅を効かせているというが、それがそこで働く人たちを幸せにしているのだろうか。単に効率だけを求めて人を鬱病や成人病に追い込んでいないだろうか。

 

一般にあまり主観的なことは良くないとされていて客観性というものが求められているが、それで果たしていいのだろうか。むしろすべてが生きる目的も喜びのないひからびた社会になっていないだろうか。

 

本当に必要なのは、純粋な意識の世界、すべてが喜びに包まれる、主観も客観もない絶対主観の世界ではないかと思う。

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