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神社の境内で薪能

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昨日は、薪能を観に行ってきた。だんだん日が暮れゆく黄昏の意識の中に、老人の姿をした松の精が登場してくる。あの高砂やで有名な「高砂」という曲だ。そういえば、真田丸でも上田城の合戦の時に謡っていましたね。

 

高砂やこの浦舟に帆をあげて。この浦舟に帆をあげて。月もろともにいでしおの。浪の淡路の嶋かげや。遠く鳴尾の沖すぎて、早や住の江につきにけり。

 

 

能舞台は、建物の中に屋根のある舞台があり、客席と照明に照らされて独特の空間を作っている。しかし、今回、暮れゆく春の自然の空間の中で観た能は、天空の中で繰り広げられるドラマでより自然と神を感じ一体化しやかった。

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目を閉じて天地の気の流れを感じ、笛や囃子の音を聞いていると天地と我とが一つに溶けてくる。

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やがて神の意識となって、舞台で展開しているドラマを観るようになる。この世で起きることもすべてこの舞台で展開していることと同じなのだと気づくのだ。

 



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もの語りは、阿蘇神社の神官。友成が、従者を従えて都見物の旅に出て、途中高砂に立ち寄ったことから始まる。友成が美しい浦の景色を眺めていると、竹の熊 手を持った老人と杉箒を持った老婆がやってきて松の木陰を掃き清めだす。そこで友成は、その二人に有名な高砂の松はどれか。そして、高砂の松と住吉の松は 遠く離れていろのになぜ相生の松と呼ばれているのかを尋ねます。すると老人は、「この松こそ高砂の松で、遠く離れていても夫婦の心は通い合うものだし、現 にこの老婆は、高砂の者で私は住吉の者だ」と答えます。

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そして、相生の松が万葉古今で和歌に詠まれたりしていて松がめでたいものであることを語る。そしてついに自分たちが、実は相生の松の精であることを語り、住吉でお待ちしていると言って小舟に乗って沖へと消えていってしまう。

 

そして、友成一行が住吉へ着くと残雪が月光に映える浜に住吉明神が現れ、千秋萬歳を祝って舞いを舞う。

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有難の影向や。有難の影向や。月すみよしの神あそびみかげを拝むあらたさよ。げ にさまざまの舞びめの。声もすむなり住の江の。松かげもうつるなる、青海波とはこれやらん。神と君との道すぐに。都の春にゆくべくは。それぞ還城楽の舞。 さて萬才の。小忌ころも。指すかいなには。あくまを拂い。おさむる手には。壽福をいだき。千秋楽は民をなで。万才楽には命をのぶ。相生のまつ風。さっさっ の声ぞたのしむ.さっさっの声ぞ樂しむ。

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そして舞終わるとしずしずとまた元来た神の世界へと帰って行く。

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高砂と住吉とは、神界とこの世のことではないだろうか。この二つの世界は、別々に存在するのではなく、高砂と住吉の相生の松のように共に共振して同時に重なって存在しているに違いない。そことを教えるためにこの曲があるのだと思う。

※なおこの文章を書くに当たって、こちらのHPを参考にさせていただき一部引用させていただきました。高砂に興味のある方はこちらもご覧ください。

 


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