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私たちは、永遠に尽きることのない自由なエネルギーの流れである

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昨日は、子供たちと映画ロクヨンの後編を観てきた。なかなか緊張感のある引き締まった映画で面白かった。それに群馬が舞台なので、いったいどこで撮影されたのかとその辺と所も興味があり親子共々最後まで楽しむことができた。

 

この映画に出てくるのは、子供を誘拐されながら、必死に電話帳を元に毎日県内すべての家に電話をし続けて、最後に犯人を捜し出した被害者の父親の執念と警察組織と報道機関の間に挟まれてすりつぶされそうになりながらも、必死に持ちこたえ正しく生きようとする元刑事の姿だ。最後は、どんど焼きが燃えるシーンで終わりすべてが浄化されてゆくことが暗示されていた。

 

どんど焼きによって浄化された想いは、赤い炎となって夜空に吸い込まれて行った。同じように私たちの肉体もいつか燃え尽きて、純粋な命のエネルギーとなって天に帰って行く。誰もが、生きている内は、死はまだまだ先にあると思って、命の本質について考えることもない。ただ、おいしい物を食べたり、きれいな服を着たり、豪華で贅沢な暮らしを夢みて、日々、汲々と生きている。

 

でも考えてみれば、どんなに素晴らしい物もこの世の物はあの世には持って行けない。突然、次の瞬間に事故に遭ってこの世からいなくなってしまことだってある。だからこそ、自分の本当の姿を知っておく必要がある。この間、寝ていたらこんな言葉がふとわき上がった。「私たちは、永遠に尽きることのない自由なエネルギーの流れである。」

 

自分の本質が、こうしたものだとわかれば、この世に執着する必要もないし、人との別れも本質的にはないことに気がつく。

 

映画のロクヨンは、良い映画だとは思ったが、その世界観は、ちょっと重いと思った。人間は、本当はもっと自由で軽いものなのだと思う。

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