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味気ない食事、味気ない生

20160808

今日も入院している親父の元へ、お袋を送っていった。けっこう距離があるので、この暑さの中の送り迎えも大変だ。手術の後、だいぶ良くなっていたいたのだが、切った傷口が開いてしまい10日前に再手術をしていた。麻酔をするとしばらくボケてしまうので、意識が正常にもどるまでがいつも大変だ。今回は、傷口を縫い合わせるだけの手術で、1時間ほどで終わったので、前回よりは早く正常に戻った。

しかし、食事が味気なくうまく無いと言って、なかなか食が進まなかった。そこでお袋が、ふりかけと海苔の佃煮を病院に持って行って、こっそりとご飯にかけて食べさせてやった。そのせいか今日の夕飯は、すっかり食欲が回復して、気持ちよく食べてくれたという。もっとも点滴が終わったので、お腹が空いてきたというのもあったのかもしれない。

見た目には良いのだが、病院の食事というのは、悪いものは入れないようにしているせいか、どうも味気なくまずいという。それは、血糖値、血圧、脈拍などと生命をすべて数値化して捉えようとしていることから起こるのだろうか。最近は、スマーウォッチのようなもので、健康な人も、それをしているだけで、寝ている時の身体の状態も数値化して捉えることができるようになっている。そのうちそうした情報を、病院に転送して、その人の健康を管理するという時代がくるのだろうか。

しかし、そういした社会が、本当に幸せなんだろうか。命とは、数値なんだろうか。そんな数値に喜びがあるんだろうか。たとえ短くても充実した生というものもあるのでないだろうか。ある患者さんの兄弟が、危篤と言われ病院に入院して意識がないままもう半年以上立ったという。中にはもう十年もそんな状態が続いているなんていう話も耳にすることがある。ただ生かしておくだけが、医療なのだろうか。

人間が、純粋な意識と生命場であるということがわかれば、こうした肉体に執着することによって起こる悲劇をなくすことができるのではないかと思う。流れる水は腐らないというように、命も一つのエネルギーの流れなのだから、それを止めることはできないし、そんなことをしたら、本人も辛いし世の中が腐ってだめになってしまう。ただ単に長く生かすということではなく、命が喜ぶ医療というものが、求められているのではないだろうか。

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