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写されたその姿ではなく、視点の中に私はいる

201610aki3

久し振りに良い天気が続いている。空気が澄んだ空に太陽がまぶしい。やっと秋の長雨が終わって清らかな風が通る季節がやってきた。最近は、夏と冬しかないのかと思うほど季節が急に変わってしまう。気温も急に低くなって寒さを感じるようになったので、一昨日からファンヒーターを出して暖房し始めた。

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世の中には、何かあるごとに自分や家族の記念写真ばかりを撮っている人もいるだろう。そういう人にとっては、まるで写真というのは、自分の姿を映すためにあると思っているのかもしれない。うちの親なども、風景を撮っているのは見たことがない。そんなに自分の身体ばかり撮って亡くなったらどうするのかと思うのだが、そんなことには思いもよらないのかもしれない。しかし、実際に親が亡くなった人の話を聞くと、残された大量の写真やアルバムの処分に困ると言う。人間というものは、ほとんど誰も見ることのないかもしれない写真をどうしてそれほど熱心に撮って残そうとするのか不思議に思う。きっとそれは、自分を純粋な意識ではなく、単なる肉体として錯覚していることから起こるのだろう。

Dsc_0053

自分がこうして風景の写真を撮るのも、それは「自分が写されたその姿の中にいるのではなく、この写真を撮った、その視点の中にいること」を知っているからだ。この写真のアングルの中にこそ自分の意識が表されている。まさにこれこそが私なのだ。

こうした自分の姿の写されていない写真なら、他の人が見ても喜んでくれるのではないだろうか。そして、この澄んだ空気の写真の中にこそ純粋な意識として私は生きている。



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