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ギリギリでも追い込まれないココロ

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昨日は、いつも行く喫茶店でチョコレートをいただいた。毎年気を遣ってくれていただくので、なんだか申し訳なく、一日ずらして行ったのだが、いつもどうり用意してくれていた。最近は、義理チョコしかもらわないが、まったくもらえないというのもなんだか張り合いがないし、バレンタインデーでなんてなんであるんだろうと思う。まあ、チョコ屋の陰謀だろうが。

バレンタインデーは、チョコの日のようで、最近は、義理チョコから友チョコ、そして俺チョコなるものも流行っているそうだ。チョコを食べても少子化は解消しないので、「バレタインデーをするよりは、お盆に嬥歌 (かがい、歌垣)でもした方がいいんじゃないかね。」と言った。生命エネルギーを解放し、萎縮させない仕組みがないとますます日本人が少なくなってしまうのかもしれない。

昨日のニュースで、電車に飛び込んだ男性がフロントガラスを突き破り運転席に落ちたというのをやっていた。運転手の人もさぞや驚いたことだろう。これは、しばらくトラウマになってしまうかもしれない。飛び込んだ方は、義理チョコならまだしもギリギリまで追いこまれてしまったようだ。学校でもいじめられたといって自殺する子供たちが後を絶たないし、それは自殺に追い込んだ人の責任だろうか。そうして誰か犯人にして追い込むことがまた新たな自殺の原因を作っていないだろうか。大切なのは、何があっても追いこれないココロを作ることではないだろうか。

人間とは、ミスを犯すものだし、ミスを犯しても大丈夫なおおらかな社会を作った方が皆幸せになれるのではないだろうか。自分自身も普段からこの世は所詮幻のようなものと自覚し、いつでも夢から覚めることができるという思いで明るく楽しく前向きに生きて行きたいものだと思う。


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