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複雑さの中に生き、単純さの中へ帰る

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たまたま昼休みにテレビを見ていたら、「やすらぎの郷」というドラマを放送していた。ちょうど3人の老人がつりをしながら、会話しているシーンだった。その中の一人が友人の臨死体験の話をしていた。なんでも友人が交通事故に遭い病院に運ばれたが、事故に遭った時は、全然痛みがなく白い天使のようなものの両手に抱えられてお花畑に降ろされたそうで、実に気持ちがよかったんだそうだ。それが病院に運ばれて、医師のご臨終ですと言う言葉を聞いて霊安室に運ばれた後に奥さんが来て、半狂乱で身体を揺すられたら、どこかの詰まりがとれて生き返ってしまった。その時は、身体中が痛くて死ぬほど辛い思いをした。」というような話だった。

死んでしまうよりも、この世に生き返ったほうが、死ぬほど辛いという言葉に思わず笑ってしまった。

今はまだ、出来るだけ死を遠ざけて、いつまでも生きる方が善だと信じられているが、果たしてそうなのだろうかと思う。

しかも、世の中、ますます複雑化して、今までのように小売店に行って、お店の人と馬鹿話をしながら買い物をすると言った時代も終わりそうな勢いだ。車でさえ自動運転でかってに運転してくれる時代が来ようとしている。

でもそれって本当に必要なんだろうか。人の代わりに機械がすべてこなしてしまう時代は、ますます人とのつながりが希薄になってしまう。

ここに来ているある患者さんも、休みの日にそよ風に吹かれながら汗をかいて草刈りをしている時が、何も考えず自然と一体になっているようで実に幸せだと言っている。

臨死体験する人が言っているように最後はお花畑だ。世の中ますます複雑化してゆくが、単純化することの中にこそ、本当の幸せがあるのではないだろうか。

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