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2017年7月

実相世界に近づきリフレッシュ

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一昨日は、山梨の八ヶ岳にほぼ一年ぶりに上江州先生の光話を聞きに行くことができた。山梨の会が、以前は土曜日で行きやすかったのだが、平日が多くなりなかなか行けなかった。ここもいい所だと思うが、会場は標高1000メートルを超えた所にあるので、また格別だ。

 

先生の話は、朝3時半に起きて、色紙を書こうとして机に向かったが、机も色紙も光輝いてしばらく何もできなかったということから始まった。つまりは、意識の焦点が覚りの状態に入っている時には、この世的なことをすることができない。この世で仕事をするには、振動数を落とさなければならない。それは、水の振動数が上がれば、気化して気体になってしまって、水のようにすくうことも出来なくなってしまうのと同じ事だという。

下界での生活は、水どころか氷のような固体の世界にいるようだが、たまに天に近い場所で、波動の高い先生や仲間と瞑想すると光の世界へと帰ったようで、非常に心地よい。できれば、すっとそこへとどまりたいが、この世での役目があるのでそうもいかない。自宅に帰ったとたんに現実に引き戻される。

ただ自分ができるのは、日々、気功や瞑想を通して自らの振動数を上げて、一歩でも光に近づき、気功や治療を受ける人たちにその喜びを伝えて行くことだけなので、これからも気の世界を日々深化させて行きたいと思います。

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共感のスイッチをオフにする

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人に対する怒りや悲しみは、相手の行動が自分の期待どうりにならない時に良く起こる。相手に裏切られたという想いは、時に人を狂気にも導き、自傷、他害の行動にでることもある。世の中には、必要以上にこちらにどんどん入って依存してくる人がいる。そんな人に同情して、こちらも感情移入してしまうと、その人があっさり自分から去って行こうとして時に裏切られたと感じることもある。

そういう人の場合、その性格がわかった時点で、共感のスイッチをオフにしてつきあうといい。そうすれば、その人が自分から去って行ったとしても何も感じることがない。相手の性格を見極めてつきあうことが大切なことになる。

たとえば、遺産相続における義理の兄弟とのつきあいとかけっこう問題になるのかもしれない。もし、そうした関係の中で傷ついてしまったと感じたら、知らず知らずのうちに自分を傷つけるのではなく、相手との共感のスイッチをオフにしてつきあえば、自分自身の心も体も健康で居られるのではないだろうか。

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気功指圧で腸が動く

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最近、うちに来るツバメは、なぜか今頃になって子育てします。しかし、雛もだいぶ大きくなってきたので、もうすぐ巣立ちできるでしょう。

話は変わりますが、気功指圧をしていると胃腸が良く動きだします。指圧をし始めたとたんにお腹が鳴り始めるという場合も多いです。しかも、内臓とはぜんぜん遠い首や足などを押し始めたとたんに動くことも良くあります。それは、気が全身に流れることによって内臓が働いているからです。

このことは、健康なうちはそれほど気にならないかもしれませんが、自分が難病に侵されて身体の動きがとれなくなってくると重要な意味を持つことになります。最近、ある病院の理学療法士の人が尋ねてきました。その人の受け持つ患者さんが、「小脳と脊髄が侵される難病を煩い、腸が捻転してガスがでなくなってしまっているので、鍼か指圧でなんとかならなりませんか」という問いかけでした。「腸捻転が治るかどうかはわかりませんが、腸を動かすことはできます。」と答えた所、数日後に「ではお願いします。」と頼まれて病院に出かけて治療することになりました。

初めて行った時は、パンパンにお腹が張っていたので、気功指圧をしていて簡単には腸が動き出さなかったのですが、その晩、詰まっていたものがどっさりでたら、楽になったと言ってくれました。あまりパンパンに張りすぎている時は、すぐには動きだしませんが、その時の刺激で腸が動きだし、その後にうまく排出できたのだと思います。次行った時は、ガスのないぺったんこのお腹の状態だったので、右手でお腹に手を当て、左の肘で左足の内側を指圧している時に、すぐに腸が動きだすのを感じることが出来ました。

気功指圧は、筋肉をもみほぐすというよりも、気を指先から注入することによって、内臓に気を入れて内臓を元気にし、その働きを高めることを目的としています。そういう意味で今回の依頼は、まさにこの指圧にぴったりで効果が発揮できるものでした。

人を治さば、我が身も癒える

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昨日も午前中、気功教室を終えるとなんとなく頭が痛くなった。それほどひどい痛みではなかったが、いつものように右の頭部から針を打ち始めた。そして腹部を一回り打って、しばらく眠ると痛みが大夫治まったので、しゃわーを浴び往診に行った。

5時に往診から帰ってくると、また少し痛み出したので、再び鍼を頭部から腹部にかけて打ち始めた。今回は、いつものように汗がどっと出てきた。そしてゲップもどんどん出てきた。まだ、冷えが体外に出きっていなかったようだ。7時から仕事が入っていたので、それまでに治せるのかと心配したが、6時半ぐらいになるとようやく落ちつて、少し眠ることができた。まだ、人を治療するのは、正直大変だったが、いつものように治療しているうちに治るではないかと思い治療に臨んだ。

案の定、治療が始まると体内から気がわき上がってきて、今までの心配は吹き飛んだ。まるで、自分とは何か別のものが入って治療しているように感じるほどだ。治療というのは、小さな自分という自己がしているのではなく、もっと大きな生命エネルギーの力がしているのだと思った。そして、力は内側からわき上がり、患者さんを治すと同時に自分をも癒やしてくれる。

治療が終わった後に患者さんが、「身体があつくなった。」と言ったので、「夏だらかちょっと温灸が熱かったでうかね。」と言ったら、「いえ、エネルギーが動いて元気になりました。」と言ったので、なるほどと思った。

結局内側からわき上がる生命エネルギーに満たされることで人は癒やされてゆくのだろう。

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