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2017年10月

般若心経11111回を通過

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般若心経を11111回以上唱えた。実際には、11100周数珠を周り、さらに11回を唱え越えた。なぜなら数珠は、108あるので。唱えるといろいろな音が身体に響き、それを確かめながら唱えている。声の中にもいろいろな音があって面白い。

 そして、唱え続けることでしだいに回転する地球ごまの軸のように身体の中心に気の芯ができてくるのがわかる。この軸は、何を意味しているのかまだよくわからないが、レンズが光を集めるように気を集めることができるとしたら、この軸から放たれて気のパワーが増して、治療する力が高まる可能性もある。

この間、喫茶店に行って、般若心経を唱えると身体が熱くなるという話をしたら、「それじゃ更年期障害といっしょですね。」と言われて思わず苦笑いした。確かに熱くなるのは、いっしょだが、気功や般若心経を唱えることで、身体の中心からわき上がる熱と、ホルモンの異常で火照る熱とでは、その意味がまったく違っている。それは、同じように光るからと言って、蛍の光と太陽の光がまったく違っているのと同じだ。

この熱は、実際に治療を受けて体験してもらうとよくわかるのだが。まあ、もちろん喫茶店の人も冗談として言ったのだろうが。

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ナミヤ雑貨店の奇蹟を観た


この間の日曜日に娘と息子と「ナミヤ雑貨店の奇蹟」を観に行って来た。どんな映画かまったく知らずに、娘が観たいというので、付き合って観たのだが、意外にいい映画だった。「雑貨店」自体が、シャッター通りとなった商店街の中で真っ先に消えていってしまった店だったのだと思う。でも、そんな店の店主と街の人たちとの間には、心と心の交流が確かにあった。そんなことを思い出させてくれる映画だった。

うちの実家も酒屋をやっていたが、つい最近閉めた。カインズなどのホームセンターやスパーで大量に安く酒が売れるようになってから、もうほとんど商売はあがったりだった。しかたなくクリーニングの取り次ぎをしていたお袋には、たくさんの人が話しに来ていた。単に洗濯物を出すだけで無く、お袋との会話を楽しみ来てくれたお客さんも多かった。先日なくなった親父の葬式にも、そうしたお客さんが来てくれた。そして、葬儀に参列できなかったらと言って、わざわざ線香を立てにきてくれたお客さんもいた。そうした心温まる交流が、こうした小さな店には確かにあった。

さて今の日本はどうだろうか。規制緩和で潰された小さな店の後に大型店が来た。そして、その大型店も、ネット通販の普及で消えようとしている。効率を追求するまり逆に人が生きる機会を奪おうとしている。温かい心の交流は、自動精算機の機械の声からは得ることはできない。いったい今の社会は何を求めているのやら。人と人が心を持って交流すること意外に求めるものがあるのだろうか。そんなことを思い出させてくれる映画だった。

そうだ般若心経を唱えよう!


あまり構えることもなく、読みたい時に般若心経を声に出して唱えてみる。別に僧侶から正式に習った訳でもなんでもないので、この読み方が正しいのかどうかもわかりません。しかし、声を出して唱えていると身体の中心が熱くなり、気がわき上がってくるのがわかります。
そして、元気になってゆきます。

正しいかどうかということよりも、自分が般若心経を唱えることによって、少しでもこの世の悩みから解放されて、元気になってゆくことが大切なのだと思います。周りの形を整える前にとにかく唱えてみることが必要ではないかと思います。

そんな意味合いを込めて、恥ずかしながらこの動画を公開してみることにしました。本職のお坊さんではないので、読み方が少し違っているとは思いますが、声からでる元気が皆さんに少しでも伝われば幸いだと思います。皆さんも困ったり悩んだり落ち込んだ時には、ぜひ、般若心経を唱えて元気を取り戻してみてください。

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