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生と死を繋ぐ音の絆


昨日の気功教室で、般若心経の唱える時は、「MU~という音を身体に響かせてその音に言葉を乗せるといいですよ。」と伝えた。その音の響きが、エネルギーとしての存在になった故人に響きますからと。「MU~という響きは、シーンという静寂の音の元響いている音で、般若心経に出てくる「無」は、何もないということではなくて、「MU~」という基本の音が響いている元の世界のことを表しているのだと思う。」とも伝えた。

一番、元の音の世界、純粋な意識の世界へ帰ることが大切なのだと思う。その基本の音を身体に響かせる時に、生と死を繋ぐ音の絆が生まれる。それ故に人は、葬儀でお経を唱えるのだろう。葬儀場にこだます音の響が、死者の魂と弔い、生と死と繋ぐ架け橋となっている。そのせいだろうか、葬儀でお経の響を聞いているといつも気持ちが良くなってしまうのである。

話は変わるが、昨日往診に行った老人ホームで、一人の認知症のおじいちゃんが「戦争で、お国の為に戦ったのに、なぜこんな風に監禁されなくちゃならないのか。私は、今日自害します。戦争で死ななかったのにこんな所で死ぬなんて、私は何も悪いことした訳ではないのに。」と言って、周りの人を困らせていた。毎日、こうした老人とやりとりしている老人施設のスタッフの人たちも大変だなと思うと共に、もっと正しい死生観さえあれば、こうした悲劇を毎日繰り返す必要もないのかもしれないと思った。

自分という存在が、単なる肉体ではなく、音の響、波動であるということがわかれば、こうして肉体に執着して、かえって苦しみ悩むという社会は、もっと希望に満ち生き生きとした社会に変わるのかもしれない。





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