フォト

薬師堂気功指圧センターのホームページ

薬師堂電子書籍

« 読み解く般若心経 パート6 | トップページ | 読み解く般若心経 パート8 »

読み解く般若心経 パート7

Khiwa2

昨日、いつも通る道の樹にカワラヒワが何羽か群れで止っていた。写真を撮ろうと頑張ったのだが、近くの枝に焦点が合ってしまいピンボケが多かった。しかし、この一枚だけがなんとかその姿をとどめていた。

 さて般若心経だが、今日は、「不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。」までをみていってみよう。この前には、諸法空相という言葉がある。

 映画のようにこの世のすべては、幻想なのだから、実相の世界では、「生ずることもなければ、滅びることもない。穢れるということもなければ、清まるということもない。増えるということもなければ、減るということもない。」と言っている。それは、ちょうどたとえば戦争映画の中で、どれほどたくさんの人が生まれなくなっても、あるいは宗教映画の中で汚されたり浄化されたりしても、そしてギャンブル映画で一攫千金を手に入れてたりなくしても、実際の自分の生活にはなんの影響もないのと似ている。

 だから「そのこの世というスクリーンの中には、肉体も感覚器官も想いも行為も認識も無いのと同じであり、当然、眼や耳や舌や身体も意識もなく、その元となる色や声や香りや味や触覚や法もないのと同じになる。さらにVRをつけた眼前の世界が実際に無いいし、同じように天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道輪廻という意識で作った世界も存在しない。そして、すべてが無いのだから、無明ということもない。しかし、映画の世界の無明が尽きることも無い。あるいは、老いて死ぬということも無いし、映画の世界ではそれが尽きることも無い。」

この世を永遠に回転し続ける木馬と考えると、確かに木馬に乗っている時は、楽しいがそこには浮き沈みがある。苦と楽が交互に繰り返される。回転の周辺部にいれば、輪廻の輪の中から逃れることはできない。しかし、回転の中心に入れば、そこは静止した世界で、生死や苦楽の波から開放されて、安定した喜びの世界にとどまることができる。そのことを言っているように思う。

« 読み解く般若心経 パート6 | トップページ | 読み解く般若心経 パート8 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/219443/66164152

この記事へのトラックバック一覧です: 読み解く般若心経 パート7:

« 読み解く般若心経 パート6 | トップページ | 読み解く般若心経 パート8 »

2018年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Translation

無料ブログはココログ

Amazon

YAHOO NEWS


map