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2018年2月

沈まない命

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「人の一生が終わったからといって、命が終わった訳ではない。それは、太陽が沈んだからと言って、太陽が無くなった訳ではないのと一緒だ。」昨日、知り合いの治療家のお宅にお線香を上げに行ってきた。その先生は、若い頃から身体が弱かったので、「いのち」とは何かいうことを大切に追求してきた先生だった。

そして、大杉さんの突然の死も報道された。大杉さんは、随分昔、まだ自分が大学生だった頃、研究生をしていた転形劇場という劇団の劇団員だった。バイトを紹介してもらったりした記憶がある。まだ、有名になる前で、生活的には苦労していたのだと思う。今では、すっかり有名になり、その死を悼む報道に随分いろいろな人に愛されていたんだなと思う。ある意味、苦労が報われてよかったなと思う。そのうち再会する時もあるかと思い楽しみにしていたが、その前に亡くなってしまって、たいへん残念だった。

そんな二人の死に接して、夜床に入ってから浮かんできたのが上の言葉だ。命というものは、生命エネルギーそのものであって、けっして無くならないものだと思う。それ対して、この世の出来事というのは、一時的で幻のように消えて行ってってしまうものだ。

無限の命に対して、この世の出来事というのは、あまりに限定的で一時的なもので夢のように儚いものだ。そしてこの世をそんな風に捉えることができれば、この世にいる閉塞感から開放されて、もっと自由に楽しくこの世を生きることができるようになるのではないだろうか。この世の虚構であること知り、そのドラマを幻として楽しむ。すべての人が、現実という舞台の中の登場人物にしかすぎない。そう思えば、何があったとしても、たとえこの世が一瞬のうちに滅びて無くなってしまったとしても、何も恐れることも悲しむこともないのかもしれない。

オリンピック、塚の間の夢

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連日、オリンピックの熱戦が続いている。男子フィギュアの羽生選手の二連覇やスピードスケートの小平選手の金メダルなどすばらしい結果が日本中を感動を巻き起こした。羽生選手は、まるで漫画の世界から抜け出してきたような異次元のすべりで観客を魅了した。小平選手は、氷を対話すると言った深みのある独特の感性をライバルをも包み込むその優しさが、見ている人の目頭を熱くした。

スケートというのは、地道で大変な努力を必要とする競技なので、このようなことが起こるのだろうか。スキーやスノーボードは、またちょっと違うのかもしれない。空高くジャンプしたりするので、勇気や度胸を言ったもの、また風などの自然からの運も影響するのかもしれない。そうして、彼らの名前を見ると小野塚とか鬼塚とか「塚」のつく名前と童夢、歩夢とか「夢」のつく名前が多いことに気がついた。

もちろん彼らもオリンピックを目指して厳しい肉体トレーニングを積んでいるのだろうが、それ以上にその時の一瞬の運も左右しているのかもしれない。4年に一度の大舞台、塚の間の夢だからこそ、その華麗さに酔いしれるのだろう。同じようにすべての人の一生もまた、夢のように儚く一瞬のうちに過ぎ去ってゆくものなのだと思う。

年を取っても増え続けるのは、生命エネルギーである気力だけだ

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年を取ると白髪が増える。根元から白くなってきて、ちょうど指一本分の幅になったら、床屋さんに行く。目の中にも小さなごみのような物が出始めて、細かい字が読みにくくなってくる。歯もだんだんぐらぐらと揺れ始める。ただ、般若心経を読んだり、瞑想をすると身体の中心から力強い気力がわきあがってくる。そんなときには、「年を取っても増え続けるのは、生命エネルギーである気力だけだな」と実感する。

年とともにこの肉体そのものが,この世から消えようとしている。しかし、実感として気の流れを感じることができていれば、その消失もそれほど心配ではない。エネルギーは永遠に不滅だということを感じられるからだ。今は、オリンピック開催中で金メダルと取ったとか取れなかったとか騒いでいるが、たとえ金をとったとしても、それらは、時間の経過ともにやがて失われていってしまう。老化とともに、やがては、自分自身の記録にも勝てなくなっていってしまう。

それならば、永遠に変わらない物、老化していっても増え続ける気力を身に付けてゆくことにしたらどうだろうか。それは、脳の中心を活性化するということと同じだ。脳の中心にある間脳を鍛えることで、この世の一時的刹那的な快感から開放されて、永遠の喜びに出会いその中にとどまることができるなら、金メダルを越えたそれこそ最高のゴールと言えないだろうか。

すべてが、老化することで失われる現実の中で、増え続ける喜びを気の流れとともに体感してみてはいかがだろうか。

仮想通貨の波の中で漂流し始めた時代

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最近は、仮想通貨流出の話題が世間を騒がせている。それなりの大金をつぎ込んだのに暴落して大損してしまった若者もいるようだ。お隣の国では、ついに仮想通貨の投資に失敗して自殺した若者も出たという。

若者が仮想通貨に投資してしまうのは、この世に対する失望があるのかもしれない。最近のIT技術の発展は、よりによって一番大切な人間を置いてけぼりにしてしまっている。このままいけば、たくさんの職が失われると言われている。これでは、人類が自分で自分の首を絞め始めたとしか言いいようがない。しかも、地球全体としては、人口が爆発的に増えているのだからなおさらだ。

人間にとって大切なことは、この世を苦しみと悲しみで満たすのではなく、喜びと平安で満たすことではないだろうか。そのためには、真に在る物、真実の追究が欠かせない。仮想通貨のように絶えず変化する物に意識の焦点を合わせれば、その変化によって、一時的には喜ぶことはあっても、やがては暴落して苦しみに苛まれることになる。永遠に変わらない真実の追究こそが大切だということをまず子供たちに教えるべきではないかと思う。利潤や効率だけを追求している社会は、人間そのものを疎外し始めることになるのだから。

今朝車を運転してるときにこんな言葉が降りてきた。それは、「身体を流れる生命エネルギーを感じ、そのエネルギーで人や天とつながり、エネルギーに満たされていることを実感することが本当の喜びに繋がる」ということ。まずは、自分の中に流れる生命エネルギーを実感して自分の中にしっかりと錨を下ろすことが、このIT技術の中で漂流し始めた時代に一番必要なことなのではないだろうか。

イギリスで孤独担当大臣を新設

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今日の「ニュースで英会話」という番組を見ていたら、イギリスで孤独担当大臣を新設したというのをやっていた。それほど孤独感がひどい人が多いのだろう。これは、将来の日本の姿かもしれない。以前、神奈川に気功を教えに行っていた時、独身の女性が二人いた。その二人ともある程度年をとってきた時の寂寥感がひどいと言っていた。結婚せず子供もいない女性の場合は、特に孤独感がひどいようだ。

 

今の時代は、女性も職業を持って一人で生きるもそれはそれでいいような風潮があるが、実際に年をとった時につれあいも子供も孫もいないたった一人の生活というは、寂しさ以外なにもないのではないだろうか。だが、現実には一人の時間が長い人ほど結婚したいという気持ちがなくなってしまうらしい。あまり人を外見とか年収とかで判断しないでもっと気楽に人と付き合い、いっしょになったほうが幸せなれるような気がするが。

 

孤独感を感ぜずにすむもう一つの方法は、気の流れを意識し感じるようになって、天と繋がっているという感覚を絶えず持ち続けるということだ。個であることが寂しさの原因であるのだから、絶えずより大きな存在の一部として生きていれば、孤独であることはない。自分を小さな肉体ではなく、無限に広がるエネルギーの一部だと考えれば、孤立することも死におびえることも無い。孤独が問題になる現代とは、エゴが強力になり、人とも天とも繋がれなくなった時代と言えるだろう。

 

そういえば、イギリスは国としてもEUから離脱したし、植民地は分断統治したり、階級意識が強かったり、人や物事を分ける意識が強いのだろうか。皆で温泉に入ってほっくほっくという国民性とは違うのかもしれない。

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