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沈まない命

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「人の一生が終わったからといって、命が終わった訳ではない。それは、太陽が沈んだからと言って、太陽が無くなった訳ではないのと一緒だ。」昨日、知り合いの治療家のお宅にお線香を上げに行ってきた。その先生は、若い頃から身体が弱かったので、「いのち」とは何かいうことを大切に追求してきた先生だった。

そして、大杉さんの突然の死も報道された。大杉さんは、随分昔、まだ自分が大学生だった頃、研究生をしていた転形劇場という劇団の劇団員だった。バイトを紹介してもらったりした記憶がある。まだ、有名になる前で、生活的には苦労していたのだと思う。今では、すっかり有名になり、その死を悼む報道に随分いろいろな人に愛されていたんだなと思う。ある意味、苦労が報われてよかったなと思う。そのうち再会する時もあるかと思い楽しみにしていたが、その前に亡くなってしまって、たいへん残念だった。

そんな二人の死に接して、夜床に入ってから浮かんできたのが上の言葉だ。命というものは、生命エネルギーそのものであって、けっして無くならないものだと思う。それ対して、この世の出来事というのは、一時的で幻のように消えて行ってってしまうものだ。

無限の命に対して、この世の出来事というのは、あまりに限定的で一時的なもので夢のように儚いものだ。そしてこの世をそんな風に捉えることができれば、この世にいる閉塞感から開放されて、もっと自由に楽しくこの世を生きることができるようになるのではないだろうか。この世の虚構であること知り、そのドラマを幻として楽しむ。すべての人が、現実という舞台の中の登場人物にしかすぎない。そう思えば、何があったとしても、たとえこの世が一瞬のうちに滅びて無くなってしまったとしても、何も恐れることも悲しむこともないのかもしれない。

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