心と体

黄金バット

今日、喫茶店にいったら、黄金バットの話がでた。思わず、「ああ、紙芝居で見たよね。」
店主:「え~、紙芝居ですか。」
私:「あれ、紙芝居見たこと無い。」
店主:「ええ、紙芝居は見たこと無いな。」

 そうか、紙芝居のない世代だったのかと妙に納得。
紙芝居があったのは、幼稚園にあがる前かそのころか。だが、確かに水飴を食べながら、紙芝居を見た記憶がある。

 紙芝居は、日本の漫画やアニメ文化の大本だったのかもしれない。「黄金バット」は、まさに最初のヒーローなのではないだろうか。

 三丁目の夕日ではないが、あの頃はよかったなと思う。みんな貧乏だったが、なんとなくほのぼのと温かかったように思う。

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パニック障害と外出不安

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 パニック障害の方が治療に見えた。気功や気功指圧は、パニック障害の方に効果があると思っていたのだが、意外と治療に見える方が少ないのは、なぜなのかと思っていたのだが、今回、友達の車に乗せてもらって、治療にみえたので、その訳がわかった。

 パニック障害になると、再び発作を繰り返すのではないかという「予期不安」と「広場恐怖」に襲われるとある。広場恐怖に関してはウィキペディアにその記載があるので、掲載させていただます。

 「パニック発作の反復とともに、患者は発作が起きた場合にその場から逃れられないと思われる状況を回避するようになる。回避される状況としては、電車や飛行 機、歯科、理・美容室、レジを待っている時、道路の渋滞など、一定時間特定の場所に拘束されてしまう環境や、ショッピングモールなど人込みの中などがある (他にも、人によって広場恐怖の種類は様々である)。さらに不安が強まると、患者は家にこもりがちになったり、一人で外出できなくなることもある。このよ うな症状を「広場恐怖(アゴラフォビア)」という。広場恐怖の進展とともに、患者の生活の障害は強まり、社会的役割を果たせなくなっていく。そして、この 社会的機能障害やそれに伴う周囲との葛藤が、患者のストレスとなり、症状の慢性化をさらに推進していくこととなる。」

 この記述を読んで、なるほどと納得した。今回の患者さんは、電話での応対は、まったく普通だったので、外出も問題ないのではないかと思ったが、やはり、家から一歩外にでるには、まだ、不安が残っていたようだ。

 元々、この世は、いつ死ぬかも知れない一時的で、たえず変化してあてにならないものだ。ただ、日常的には、日頃の雑事に追われてそのことを忘れている。それが、ふとした切っ掛けで、まるで谷底の上にはった透明なガラスの上を歩いているような現実に気がつくことがある。その時、人は大変なパニックに襲われる。

 この世の基本的な構造を理解しれいば、それほどパニックを起こすこともないだろうが、残念ながら学校でも社会でも誰も、そのもっとも大切なことを教えてくれない。ただ、よりよくこの世を乗り切るための技術を教えるだけだ。

 気功指圧は、患者さんの心と身体の中心に働きかける。そして、中心からわき上がるエネルギーを体感することによって、我々が単なる肉体をまとった一時的な存在ではなく、永遠にわき上がる命の泉であることを思い出してもらう。それによって、心の平安と身体のゆるみと解放をうながしてゆく。

 パニック障害で外出できず、治療を受けうることをためらっている方がいれば、よろこんでこちらからお伺いしますので、遠慮無く薬師堂までご連絡ください。

 

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果報は寝て待て

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 一昨日の夜、寝ていたら、身体が放射状に広がる温かなエネルギー場に包まれる体験をした。それはとても気持ちの良いもので、こころ安らぐものだった。

それは、わたしたちの中心が開き、中心があると言った感じだった。

体中は、温かで、放射状にエネルギーが広がっていた。

ついに中心が開いたかと思い、今までの苦労が報われる時が来たのだとうれしく感じた。

長い間、愚直に自分の中心に向かって掘り進んできたのは、このためだったという思いだ。ある時などは、リゾートの山荘で組関係の方の足の裏を夜中のい1時半まで施術させていただいたこともある。ただひたすら誠実に気を込めて指圧させていただいてきた。

 マッサージという仕事は、ある意味、もっとも底辺の仕事と見られないこともない。慰安、按摩と言われることもあるだろうが、また、最も身近に様々な職業の様々人柄の人の身体に直接触れ、お話を聞けるというありがたい仕事でもある。

 上から目線ではなく、下から謙虚な態度で仕事をさせていただくことが、エゴを削り修行となる。もっとも謙虚なもののさらに謙虚な者となって、完全にエゴが破壊された時、悟りがやってくるのだろう。

 こうした下積みのないヒーラーとかいう人や無資格のなんとかマッサージは、あまり信じることはできない。最近は、そうした軽いのりの人たちや業者が、ヒーリングと称してお金を取っていることが増えているように思う。患者さんには、ぜひ、命の本質を見据えた治療家を選んでほしいものである。

 気功指圧を受けていただければ、きっと命の根元からわき上がるエネルギーを自らの内に感じていただくことができるでしょう。

 詳しくは、薬師堂まで!

 

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癒しの異空間

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 気功教室は、本当にほっとする。気功をしている時が、一番幸せだとしみじみ思う。今日の生徒さんたちは、割と元気そうで、家庭でもうまくいっているようだったので、「今週はは、皆さん、うちでもうまくいっていたでしょう。」と聞いたところ、「その通り」と答えた人と、意外にも「やっはり、そうでもないですよ」と答えた人がいた。

 顔いろをみるといつもよりいいが、それでもいろいろとうちに帰ればあるのだろう。

気功教室にいる間は、すべての日常から解放されて、まるでそこは「癒しの異空間」となる。日常の雑事、悩み、心配から離れて、命の根元に溶け去ることができるからだ。

 太極図は、陰と陽という二つのエネルギーがいつも回転している様を表している。だから、太極拳は、たえず両手をぐるぐる回すように動かしている。そうすることで身体の中を気がめぐり、体内が活性化して、元気になる。収功で納めて、最後に両足をそろえてまっすぐに立つのだが、これは、地球の中心から天に向かう遠心力と天から地に向かって重力との二つの力が一つになってできる天地の軸に自分を合わせることだ。

 最後に天地と一体化した時は、とても気持ちがいい。みんなの表情を見ていると自然に深い瞑想状態に入っていることがよくわかる。自分自身の身体で「1」という字をかいて、「すべては一つ」ということを表している。

 気功教室が終わって、ドアから外に出てい行く時に一人の生徒さんが、「さあ、また勝負に行くぞ」と言ったので、一同大笑いした。彼女が旦那さんとは気が合わないのを知っていたので。

 心と身体の健康のためには、こうした空間をもっていることが、大切だと思う。そうすれば、うつやパニックで悩むほど落ち込むこともなくなるだろう。

 詳しくは、薬師堂まで。

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おやじジャズ

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 先週の日曜日は、前橋にジャズのライブを聞きに行った。群馬で活動している方と喫茶店で知り合って誘われたので行ってみた。ジャズのライブは、はじめてでもしかして暗いのではないかと心配したが、実に明るく楽しかった。

 ジャズにもいろいろあるらしいが、ピアノとギターとドラムとベースの4人で演奏していた。ドラムの人が知り合いだったが、実にまじめな方のようで、その誠実さがドラムにもでていた。 

 なんといっても、演奏している いわば おやじたち(もしかして、日本では有名な方なのかもしれないが)が実に楽しそうなので、聞いているこちらも楽しくなった。

 気の感覚としては、小さなエネルギーの渦がからだのあちこちにわき上がるようで、しだいに眉間のアジナチャクラに収斂して気持ちよくなってゆく感じだった。情念とは切り離された、軽やかで透明な音の遊びが楽しかった。

 ちらほら女性も見かけたが、これはどちらかというと隠れた男の楽しみ「おやじジャズ」の世界だと思った。

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実感

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 そういえば、最近、上江洲先生の話では、悟るということは「実感」として感得するということが、大切だと言う話を良くしている。

 気功や指圧をしていると、いつも「気」を実際に感じながら生きているので、この話は実によくわかる。上江洲先生の話を聞くときも、先生の言葉の中から放たれるエネルギーを感じているので、話の内容はほとんど覚えていない。

 よく話を録音している人がいるが、彼らは、言葉を知的に理解しようとしているように見える。知的な理解は、人を観念的にして、かえって本質から遠ざけてしまうかもしれない。そうした神話的な物語の世界にはまってしまうと、宗教による戦争やテロといった本来の趣旨とは正反対の行為にでてしまうのだろう。すべてが、一体であると感得した人々が、どうして人を殺すことができるのだろうか。

 だからこそ、すべてが一体であると実際に感得した人の話を聞いたり、近くにいることで、その人から放たれるエネルギーを感じることが大切となる。宗教が、単なる思いこみを人に押しつける時、それはたいへん危険なものとなる。「分けない、裁かない、すべてを感謝しうけいれる」ということが、真に悟ったということの証だろう。

 アメリカの強欲資本主義の影響で最大限にふくらんだ欲望が、破裂した今。練炭と睡眠薬で人を殺す前に、本当の幸せとは何か。永遠の喜びを実感できる生き方を求めては、いかがだろうか。

 

 

 

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指圧の心、母心、押せば命の泉湧く

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 夕べは、9時からいつも来る近所の奥さんを治療した。ここしばらく頭痛がしているとのことだった。これも身体が冷えて、気が上に上昇したために起きたものと思われる。お腹や足の冷えをとって、気を下に降ろさなければ、薬を飲んでものあまり効果はない。

 指圧をしている内に、自分の身体の内側から温泉のような温かな気がわき上がり、両手の平から患者さんの身体への流れ込んでゆきはじめた。患者さんも足が温まり、身体全体がお湯に溶けたように気持ちよく横たわっている。夢うつつの状態のようだ。

 浪越徳治郎さんが、「指圧の心、母心、押せば命の泉湧く」と詠んでいるが、それはこの内側からわき上がる温かなエネルギーのことを歌っていたのだということがよくわかる。以前は、命の泉とは、患者さんの中のことかと思っていたが、実際は、施術者、そのもののなかからわき上がる命のエネルギーだったことに気がついた。

 この命のエネルギーを愛とも呼ぶこともできるだろう。「愛」とは、「する」ものではなく、「ある」 もの「泉のごとく蕩々とわき上がる」ものであると最近、感じる。愛は、すべてを溶かし癒し、あらゆる苦悩や思考を消して、命の根元へと流れ去ってゆくものなのだろう。

 

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寒さが身にしみる季節となって

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 朝晩めっきり寒くなってきて、身体の不調を訴える人がでる季節となってきた。昨日指圧した患者さんたちも、夏と違って身体が硬くなっていた。身体は正直なもので本人が意識する前にちゃんと反応している。

 最近は、だいぶ調子がよく足の痺れもとれててきた患者さんの身体も左半身がだいぶ堅くなっていて、正座をするのがおっくうのようだった。なんだかんだ言っても、夏のほうが身体の調子はいいものだ。寒さや「冷え」というものが、一番からだに応えるものだ。

 それでも指圧を終えた患者さんの顔はほろこび、気で心も身体も温まってほっとしている。そうした患者さんの喜んだ顔を見るのが、なによりありがたい。

 紅葉と寒さがしだいにましてゆくこの季節、どうぞ薬師堂にきてほっとしてお帰りください。

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パソコンの無料回収

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 最初に買ったIBMのパソコンは、しばらく家の外に置かれていた。以前来た廃品回収業者の軽トラのおじさんに聞いたら、2千円で引き取ると言われた。都市鉱山などと言われて希少金属の資源と言われているのにお金を払って回収してもらのが、なんだ受け入れがたくそのままにしておいた。

 ところが、2,3日前にチラシが入り、ある業者の方が渋川で、今日から16日間、閉鎖したパチンコやさんの駐車場を借りて無料で電化製品などを回収してくれるという。今日、喜びいさんで、古いCDラジカセや壊れたビデオデッキ、使わなくなったファックスフォン、そして、問題のパソコンをもっていった。

 行ってみると初日だったせいかまだそれほど集まっていなかったが、親切に誘導していただいて無事すべてをあずけてくることができた。本当にありがたいことで感謝でいっぱいになった。解体には、人手や費用がかかるのかもしれないが、今のように一律いくらとお金を徴収されるやり方は、なにかおかしいと感じる。こうして無料で回収してくれる業者の方が増えるとありがたいと思う。

 そして、そうした解体の作業の時に知的障害のある方たちが働ける場ができれば、すばらしいのではないかと思っている。みんなで智慧と力を合わせて、捨てれられた物から新しい資源を開発できれば、明るく元気な日本を再生できるかもしれないと思う。

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在宅リハビリマッサージ

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 鍼灸指圧はなかなか保険の適用が難しいくされているのだが、在宅でのリハビリマッサージは医師の同意書があれば比較的容易に受けることができる。

 主な対象疾患は、脳梗塞後遺症、脳出血後遺症、脳疾患障害後遺症、多発性脳梗塞、変形性腰痛症、変形性膝関節症、変形性脊椎症、慢性関節リウマチ、多発性関節リウマチ、腰 椎 椎間板ヘルニア、頚椎損傷、大腿骨頸部骨折、四肢筋萎縮、パーキンソン病、ギランバレー症候群、閉塞性動脈硬化症 術後の筋麻痺・筋拘縮などで、筋麻痺や関節拘縮があることがその条件となる。

 昨日、往診に行ったうちで旦那さんを看病している奥さんにこんなことを言われた。
奥さん:「先生、この間、マッサージをしている時にくさくありませんでしたか。」

私:「そういえば、なんとなく臭っていましたが」

奥さん:「あの後、どっさりうんちがでたんですよ。いつもほんの少ししかでないのに、やっぱりマッサージのおかげですかね。」

私:「そうですか。そういえば、いきんでいましたので、もしかしてと思いましたが、それはよかったですね。気功指圧をすると内臓が動くんですよ。」

 旦那さんの内臓の働きが良くなったことに奥さんは、とても喜んでくれた。筋麻痺や関節拘縮の改善もそうだが、気を入れることによって内臓の働きがよくなることは、もっと大切なことかもしれない。

 どんな状況にあろうとも「気」は、生命の質を高めてくれるといえるだろう。

在宅でマッサージを受けたい方は、薬師堂までご連絡ください。

 

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疲労困憊、そして復活

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 先週の忙しさから、つい今日の午後に歯科医院にゆくまで疲れ切っていた。ところが、治療のために名前を呼ばれ治療室に入る直前、元気が頭頂から入って脳の中心アジナチャクラに集まってきたように感じた。

どうやら歯の治療を受ける前には、脳内に自然と脳内麻薬が分泌されるらしい。そのために身体全体が気持ちよくなり、元気に満たされてくるようだ。おかげでその後に入った患者さんの治療もスムーズに済んだ。

 このことが無ければ、疲れ切っていてできなかっただろう。「災い転じて福となす」というが、危機に直面するとかえって元気が復活してくるものなのだろう。 人間の身体というのは、よくできているものだ。

 もし、みなさんも疲労困憊してしまったら、歯科医院の治療室に入るとことをイメージしてみるといいかもしれませんね。

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ゆずりは

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 先週木曜日、親戚の叔父の葬式の翌日、子供の就職のことで授産施設である「ゆずりは」に行ってきた。行ってみると驚いたことに、高校時代の同級生が二人中心になって運営していた。

 元々彼は、家業の農業をついでいたのだが、3,4年前から木工の仕事をしていた友達と二人でこの施設を立ち上げたという。20人ぐらいの子供達が生き生きと働いていた。けんだまを削ったり、色つけしている子供やタマネギの皮をむいて加工したりしていた。

 これからの農業は、どうなってしまうのかと心配していたが、こうした子供達が高齢化でだれもしなくなった農業を担うことができれば、すばらしいことではないかと思った。

 人を癒すということと土地を耕し生きるということが、一つにつながるようなそんな気がしてきた。障害のある子供達が生き生きと生きることのできる社会は、だれもが幸せに生き癒される社会になるだろう。

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戒名

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 昨日は、叔父の葬式が行われた。親戚筋にあたるお寺の息子さんのお坊さんが行った。お経もなかなかよかったし、まだ若いが、父親よりも誠実で良い感じのお坊さんだ。

 その夜、従兄弟と飲んだら、初七日と合わせてしめて数十万円とのことだった。式の終わりのはうで、そのお坊さんが一生懸命、戒名の意味を説明してくれていたが、彼なりの誠意の表れだったのだろうと思う。

 彼のなかでも家業の坊さんを継いで、しかたなくお葬式をしているが、本来の仏教の教えと反した戒名の値段とのギャップをそうした説明で埋め合わせたいという気持ちが働いていたのかもしれない。

 本来、無所得、無一物を宗とする禅の宗派が、平然と金に窮した大衆から、数十万円もの大金をまきあげるのは、その宗旨にあっていることなのだろうか。これでは、早晩、大衆からの支持を失い、今の若い人たちから見放されるだろう。

 寺や組織を維持することが、禅の目的ではないと思う。永遠の命、永遠の喜びを示し、肉親の死という悲嘆にくれた人々の苦しみと迷いを救うことこそ、その本来の目的だと思う。

 もちろんまじめに修行をされているお坊さんや良心的に対応されている方もたくさんいるだろうが、すべてが崩壊してたくさんの人が生活の基盤を失いかけている今こそ、本来の教えに帰って、人々を救済する気持ちで葬式も執り行っていただきたいのもだと思った。

若く意欲のある僧侶に改革を期待したいと思います。

 

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通夜

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 突然、親戚の叔父さんが亡くなったという知らせがあり、昨日、通夜に行ってきた。ついこの間も広島に住む従兄弟の家に行き楽しんできたばかりなので、あまりに突然の知らせに驚いた。良くアンマが、「人間は次の瞬間に生きているかどうかもわからないのだから、今にも折れそうな枯れ枝に止まっている小鳥と同じようにいつでも飛び立てる準備をしていなければならない」というが、まったくその通りだと思った。

 しかし、一般的にはんなぜか「死」は、避けられる傾向にあり、あまりそのことを話題にする人はいない。もっとも切実な問題であるにもかかわらず、皆それを直視しよとはいしていない。「死」は、とても身近なものであり、いつ誰にやってくるかわからないものだ。それは、自然なことで、恐れることでも忌み嫌うべきものでもない。むしろこの世の修行から解放された、喜ぶべき瞬間かもしれない。

 昨日もそうだったが、お経を聞いていいるとエネルギーが身体中に満ちてきて元気になってしまう。故人をしのぶ気持ちとは、裏腹にお経の中にあるエネルギーが、身体中に満たされてくる。悟りを開いた、お釈迦様のエネルギーが入ってくるのだろうか。悟りを開くとは、こういうことで無限のエネルギーと一体化するのだから、「死」はないも同然ということなのだろう。

 故人との別れは、悲しいが、本来ある命の源に帰るのは、実は喜ばしいことのように思う。

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人間電子レンジ

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 夕べは、ふとんの中で寝ていて非常に熱かった。気が身体の中に入ってくるとまるで「人間電子レンジ」だなと思うくらい熱い。身体のなかで電子かなにかがぶつかり合っているよな熱さだ。

 これでは、冷え性なんて縁がない。身体全体が燃えるように熱いのだから。気が流れて足が温まるという感じでもない。身体の中が電子レンジになってしまった感じだ。

 気功というのは、物理科学的なものだ。けっして化学的なものではない。一般的な医学では、身体を化学的に捉えて薬を処方するのだろうが、気功は、もっと直接的だ。電子、原子のレベルで身体を活性化してゆく。

 身体の内面に意識を向けたとたんに、身体のなかの微粒子の働きが活発化して運動しぶつかり合い熱を発しはじめる。だれでも気功を長く続けることで、そうした感覚をものにすることができると思う。冷え性でお困りの方は、ぜひ、薬師堂にご相談ください。

 

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プリズンブレイク シーズン4

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 プリズンブレイク シーズン4を見終えた。なにがしかの結論がでるのかと思ったが、結局、来シーズンのために中途半端な形で気を持たせて終わったしまった。

 いつになったら自由を手にすることができるのか。束縛から解放されてしまったら、ドラマが終わってしまうので、いつまでも堂々巡りの追いかけっこが続くことになる。

 ドラマを見ているうちにしだいに自分の人生と重なってくる。この世という迷宮にいつまでも迷い続ける悪夢を見ているような気分になる。

 真の自由を手にするまでは、だれしもプリズンブレイク の主人公のように囚人なのだ。

 幸いなことに、どうすれば、真の自由を手にすることができるかということは、わかっている。それは、限られた肉体としていきるのではなく、自由で無限な広がりのあるエネルギーの流れとして、自らをイメージして生きることだ。そうすれば、私たちを遮る壁はなくなり、すべてが自由と喜びの中に輝きだすだろう。

 

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心と身体の相関性

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 今日、ある患者さん治療したでところ左の内股の胃に関連した経絡を指圧した時に、痺れるような痛みがこちらに伝わるのを感じた。

 胃か膵臓の調子が悪くないですかと尋ねた。その時はあまりはっきり答えなかったが、治療しているうちに、実はあることがあってここ2,3日悩んでいたと告げられた。

 そのストレスが胃にきていたのだとわかった。身体は嘘をつけないものですねとお互い妙に納得すると、治療が終わる頃には、すっかり気分も晴れたようだった。

 心と身体は、密接に結びついている。表面的な意識では、ごまかそうとしたり忘れようとしても、無意識のうちに身体にでてしまう。そをれを見つけて自然に癒してゆくことが、我々の仕事だ。

 皆さんもぜひ、薬師堂にきて心と身体の重荷を下ろしていってください。いつでもお待ちしています。

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健康と喜びの要点は、単純なことの繰り返しにある

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 よく次から次へと高いお金を払って、いろいろな講習会に参加する人がいるが、結局、なにもつかむことなく、入り口のところをぐるぐるまるだけで終わってしまうのではないだろうか。

 最近の気功教室は、始まる時は寒くなったが、終わりの頃には、みんなの熱気で部屋全体があたたまり、みんなの額に眩しい汗がきらきらと輝いている。「青い海」の気功という単純な動きを繰り返し繰り返し重ねているうちに、すっかり気の世界が深まってきたようだ。

 複雑な動きでは、表面的な意識の働きを抑えることができないので、いつまでたっても深まることができない。単純で覚えやすい動きだからこそ、その動きそのものを忘れて、しだいに深い意識の底に降りてゆくことができる。

 身体中を光りの龍が動き回るように燃えるように熱くなってゆく。その喜びを例えようもなく、実際に体験して人にしかわからないだろう。薬物なんて目じゃない、本物の喜びだ。

 その本物の喜びは、意外と簡単に手に入れることができる。ただ、単純な動作を繰り返し繰り返し行い、自分という意識を苦痛や悲しみとともに投げ出してゆくだけだ。

 後には、生き生きとしてエネルギーに満たされた新しい自分を発見することだろう。

こんな気功をぜひたくさんの人に伝えたいと思います。詳しくは、薬師堂まで。

 

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自らの内に眠る無限の愛の泉

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 はじめてアンマに会った時、こんこんとわき上がる無限の愛の泉が流れ出ているのを感じた。アンマは、疲れ知らずだ。24時間、ハグしたとしても、生き生きとしているらしい。しかもあまり食事もとらないという。

 上江洲先生の光話を聞いていていも、無限の愛のエネルギーが流れでちるのを感じる。ヒーリングをして、その後に光話をしてくれるのだが、やはり、休みなく疲れを知らない。

 自らの内にある無限の愛の泉を開いた方たちのなんとすばらしいことか。

 彼らの存在に勇気づけられる。それはなにか特別だことではなく、だれの内にも存在しているという。ただ、そこことに気づかず、外にばかり意識を向けているので、その泉を開くことができないだけだという。

 自らの内にこそもっともすばらしいものがある。それを求めずに何を求めるといのだろう。永遠の喜びは自分自身のなかにすでに備わっているのかだから。

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今日は、忙しかった

 最近、忙しさにかまけて更新が遅れてしまって、申し訳ありません。今日もめいっぱい忙しかったです。

 午前中から、夜12時半まで、全部で13人治療して、他に二人断りました。重なる時には、重なるものです。

 夜、9時からホテルルートインで立て続けに5人の治療をしましたが、身体の中に真っ赤な龍が入った炎を吹き出しているように熱気が吹き出し疲れを知りません。身体の中心が開くとはこういうことです。

 肉体的には多少疲れますが、気で充実した身体は、疲れを知りません。無限のエネルギーが身体から吹き出しているようです。

 みなさんも薬師堂でそのエネルギーをぜひ体感してください。

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自分の思いこみでかってに人を裁かない

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 これは、「愛」を語る人の基本だと思う。
アンマのお弟子さんのシャンタジとスワミジが、今年もまた群馬に来てくれるようだ。
去年は、休養をかねて榛名湖で過ごされた。
コテージに温泉がついていたので、スワミジも日本での疲れを癒されて喜んでくれていた。

 アンマの愛は、すべてを許し、すべてを優しく包み込んでくれる。その愛は、自分の思いこみでかってに人を裁かない。

 しかし残念ながら、自分の信仰の形を人に押しつけようとする人もいる。どれほど多くアンマのダルシャンを受けようと、どんなにセヴァをしようと、自分の信仰の形だけが正しいと思いこみ、それを人に押しつけるのは、アンマの愛をまるでわかっていないことになる。

 真の愛は、アンマのように無邪気で可憐で人を傷つけることしらない。それは、花花の間を飛びかう蝶のように軽やかだ。

 シャンタジもスワミジもインドの僧をみていると実に自然で軽やかだ。出家してアンマの弟子となった人は、また別かもしれないが、一般の人はそれぞれがそれぞれの形で関わればいいと言っているのだと思う。自らの真我に確立し、できる時にできることをする。様々の花々がそれぞれに咲き誇るように、それでいいのではないだろうか。

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シニアソフトボール全国大会

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 最近、ホテルルートインというビジネスホテルのチェーン店が渋川にもできた。なんでも244店舗目だという。開業前は、渋川のような小さな街で需要があるのかと心配したが、いざ、蓋を開けてみると、連日けっこう客さんが入っているので、驚いている。

 普通、こうしたホテルは、それ専門のマーッサージ屋さんに頼むのだが、どいう訳がうちに依頼がきたので、来るもは、拒まずで行っている。そうした仕事も、全国から来るいろいろな人と出会えるので、けっこう楽しい面もある。

 今回は、「シニアソフトボールの全国大会」が渋川で開かれているようで、その選手の方々を治療させていただいた。下関からマイクロバスできた方や、仙台からきた方、夕べは大阪のティームの方を指圧させて頂いた。

 今日が、準決勝、決勝と行われるそうで、夕べ指圧した方は、今日の試合にでる方で、何試合も勝利してきたためにだいぶ身体が疲れていた。

 そのうちの一人の方は、ふくらはぎに筋肉痛がでていたので、痛みと熱を取るように指圧した後、湿布を貼って寝るように言っておいたが、今日も無事に試合ができることを願っている。

 シニアというのは、60才以上からということでしたが、こうして元気にソフトをしている姿は、すばらしいものです。ただ、どうしても筋肉中心の動きになってしまうので、ストレッチなどで、身体を柔らかくすることも忘れずにすると故障もなく楽しめると思いました。

 「気」をいれて、餅のような柔らかな筋肉をつくるのが、健康の秘訣かと思います。

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人間磁石

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 昨日、今日はなぜか調子が悪かった。身体がだるく動くのがおおごとだった。たぶん、寝汗をかいて朝方冷えたのだろう。それと従兄弟が遊びに来て、二晩ほどビールを飲んだのがきいているのかもしれない。

 頭の中に空気の泡がつまったようで、気功教室で言葉を発するのもおっくうだった。瞑想するのもたいへんで、集中することが苦痛だったが、さきほど瞑想中にゲップがでて、その後ヨガをしてだいぶ身体が軽くなった。

 瞑想をするととたんに身体中に気が満ちて、まるで人間磁石のような感じになってしまう。特に調子が悪い時は、思い気に満たされる。これを邪気と呼ぶのだろう。ガスが身体から出てしまうと、また、元の軽い気の状態に戻すことができる。

 気を理解するば、自ずと自分で体調をコントロールすることができるようになる。心と身体の橋渡しが、「気」の役目のようだ。

 このことを、ぜひたくさんの人に伝えたいと思う。そうすれば、薬や医者に頼ることなく、自分で自分の健康や命を今以上に把握して、自由に楽しむことができるようになるようになるだろう。それこそが、地球に優しい生き方というものだ。二酸化炭素の排出量を25%減らすなどということは、実にうさんくさいことよのうに感じる。要は、瞑想を中心の生き方をして、欲望を減らし、呼吸を減らし、長生きではない生命の質を高める生き方を目指せば、自然と地球もバランスを回復するだろう。

 一番は、人間が増えすぎて、欲望のままに地球を破壊していることが原因なのだから、自然と調和した生き方を求めることが、肝要だと思う。

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悟りの種を蒔く

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 昨日は、また、桐生に上江洲先生の話を聞きに行った。普段は、日常の生活に追われて、なかなか悟りの世界に意識を向けることができないが、桐生の会場では、安心してその世界にひたることができるので、ほっとする。

 本質的の生きる目的が一番、大切なはずだが、なぜかこの世では、そのことが軽んじられている。軽薄で、バカげたことほど、世間の受けがいいようだ。まじめに真理とか悟りを求める生き方は、なかなか理解されにくい。また、そうしたことはお金にならないので、生活するのはたいへんだ。

 覚者というのは、その人と同じ会場にいるだけで、気持ちはよくなり、浄化されて、自然と瞑想状態に入ってしまう。その人は、人間というよりも強力でいてしかも優しいエネルギー場そのものなのだ。

 講話も話の内容もさることながら、その言葉に込められたエネルギーによって、自然に瞑想に引き込まれてしまう。そのために上江洲先生のお話を光話というようだ。だから、いつもその話の内容は覚えていない。

 昨日は、光話の後の瞑想の時間に上江洲先生が後ろに来て、頭の上に両手を置いて気を入れてくれたように感じた。それは、強力な悟りの種を蒔かれたようで、今の目を閉じると光の渦が眉間の奥になだれ込むようだ。

 このように適切な時期に適切の伝授をして頂ける師匠がいるということは、たいへんありがたいことだ。しかも、その行為は実にさりげなく、自然でもったいぶったところがない。あたかも無償な愛、無限の命が自然と師から弟子に流れ込むようだ。

 このような師に出会えたことは、本当にありがたいことです。全ての行為の元である神意識に感謝したい気持ちでいっぱいになります。

 

 

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Personal Energy Management

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先週の日曜日、群馬の川場村の渓山荘で友人のシルバンの気に関するセミナーがあった。彼は、カナダ人で前橋に日本人の奥さんと住んでいる。

 元々は、レイキをカナダで習ったのを切っ掛けに15年ほど前に来日した。もう10年来の友人だが、今回、彼のセミナーにはじめて参加してみた。かれからは、ふたりで協力してなにか新しいものを作ろうと話し合っているので、彼の考えをしるうえで良い機会になった。

 彼は、身体のセンターとして丹田を強調していたが、ある意味もっともだなと思った。日本の禅や武道などでは、おそらく丹田を強調しているので、素直にそれにしがっていっるのだろう。

 自分の考えでは、人間のセンターを丹田にとるかというとやや微妙なところだ。脳天から会陰に向かうまっすぐな気のルートは確かに地球の地軸のように人間の中心軸であり、中心の気の流れるルートだ。その上に丹田もあるが、むしろ脳の中心、間脳を中心と捉え他方がいいようにも思う。あるいは、ハートが中心と考えることもできるし、視点、視座によって見方が変わるが、中脈上にあるとするのは、自然なことだ。

 いずれにして、ほとんど椅子に座りきりで、3時間半近く気に関する講義を聞かせるというのは、大変なことだ。やはり、西洋の人は理論的な思考法が身に付いているようで、テキストも良くできていた。自分などは、すぐに身体を動かしたくなるし、あまり理論的に自分の考えを整理するのは、苦手な方だ。

 そういう意味でも大変勉強になった。彼は、学校で英語を教えているが、元々、ティチャーの素質があるのだろう。学校で英語を習うように、「気」について子供たちが習う時代がくれば、世の中はいい方向に変わることだろう。

 

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虎之助おじいさんとベンおばあさん

 虎之助おじいさんは、88才まで、べんおばさんは、102才まで、ともに長生きしたというのが、自慢できるところでしょうか。

 おじいさんは、事業家でいろいろな事業に挑戦したようです。一時は、金をさがして山を歩いたこともあったようです。ブロックも発明したようですが、残念ながら特許をとっていなかったので、お金にはなりませんでした。人はいいけど金もうけは下手だったようです。

 おばあさんは、畑が好きで、90才とすぎても畑をしていたように思います。たばこもすきで死ぬまで吸っていたようですが、長生きしました。生命力の強い人には、たばこもかなわないようです。といってもやはりたばこは、健康にはよくないでしょう。私もたばこは苦手です。あの煙、きらにな人には、特にきになりますね。

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流れるエネルギーとしての心体

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 地上を川が流れているように身体の中もエネルギーが流れている。その流れは永遠の命の流れへとつながり果てしない。

今の時代は、まだまだ、人を物質あるいは肉体と捉えることが科学的と信じられている。そして、一分一秒でも長く生かすことが医学の役目であると考えられている。

 精、気、神という気功には考えがある。精は、肉体、物質のことであり、エネルギーは「気」のことであり、神は、精神作用、神意識あるいは、純粋な意識のことだろう。物質あるいは肉体と精神だけでは、その間があまりに大きすぎる。そこにエネルギー、「気」に注目することで、肉体、物質と精神をつなぐことができる。

 分子、原子と小さな集まりが人であり、宇宙である。それらは、エネルギーをもって振動している。気を感じられるようになれば、そのことを具体的に身体を通して理解することができる。人体にも地球を同じく磁場があり、気象がある。その体内の気象の変化が病気や健康をつくっている。

 流れるエネルギーとして心体を捉える時、人は初めて「死」の恐怖や不安から解放されて自由で創造的に生きることができるようになる。それは、同時に特定の宗教による盲信や狂信からの解放をも意味するだろう。なぜなら、気というのもは、実に具体的で身近なものだからだ。ただ、意識の焦点を気に集めれば、多少、人によって感受性の違いはあるが、すぐに感じることができるものだからだ。

 気に興味のある方は、ぜひ、薬師堂にお越しください。簡単でわかりやすい気功法と気功指圧を行っています。

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心と身体が温まる気功指圧

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 最近、瞑想状態に入ると妙に身体が熱い。単に夏で暑かったというだけでなく、自らの気力が増しているようだ。

 今日も午前中患者さんに気を入れていると、前立腺に気を入れいたのに眉間の奥のアジナチャクラまで引っ張られているようだと言われた。治療が終わった後もそこを押されているよな圧力を感じているとも言った。アジナチャクラが活性化して動き出したものと思われる。

 午後往診に行って、指圧の治療をしていると患者さんが、指圧されると身体が熱くなって気持ちがいいと言う。脚を治療しているのい顔まで熱くなっているようだった。しきりに手で頬を触って確かめていた。

 気功指圧は、身体に気が入ると内臓の働きが活発になって、自然と身体温まってくる。今日のようにこちらの気力が高まっていると熱く感じることもある。

 別にどこかに行く必要もないし、なにかを外に求める必要もない。自分自身の内側を見つめ、内面を開発することが一番面白い。しかも人を癒し少しでも人の痛みや苦しみをとるお手伝いができれば、最高の仕事だと思っています。

 気功指圧を受けてみたい方は、ぜひ、薬師堂にお越しください。きっと心も身体も温まりますよ。

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ぴたっと決まる

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 今日、太極拳を教えていて、「ぴたっと決まる」という感覚をあらためて実感した。両手を前から横にひいて降ろす時に、ちょうど吸盤がぴたっと決まるように大地を押さえ込んだ。

 別に深く腰を曲げたり沈み込んだわけではなく。ちょど良い感じに抑えるように両手を回しながら下に向けた時に、ぴたっとすべてが調和する感じが得られる。

 この感覚が大切なのだろう。これは職人が、自分の感覚のみで微妙なずれを調節してドンぴしゃと製品を仕上げる感覚と同じなのだろう。

 これができれば、すべてが順調に流れる。落ち着いて、冷静になんの無理もなく自然と流れてゆく。この感覚のわかる人に物事は習わなければ意味がない。

 このブログを読んで興味をもった方は、ぜひ、お気軽に薬師堂にご連絡ください。

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森を散策する (気が支える心と身体)

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 昨日の朝は、久しぶりに蓮の華の咲く池に行った。もう散ってしまったかと思ったが、まだ、咲いていた。池の周りを歩きながら、心と身体の軽さを楽しんだ。宙に浮くように軽いと感じる。それは、きっと気が支えてくれているからだ

 人は、ひとりで生きているようだが、気功をすると地球のエネルギーに支えられていることがよくわかる。決して一人で生きているわけではない。その気を感じて取り入れることができれば、実に自由にかるがると生きることができる。

 自我という思いこみを捨ててすべてと調和して生きる意識を持つことが、心と身体の健康にちょうどいい。

 こうして仕事の合間をぬって森を散策することが、自分のちょっとした贅沢だ。


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早くも夏バテ解消

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 そろそろ夏バテがでて、困っている人も多いのではないだろうか。こちらは、すでに夏バテが解消して、快調である。

 やはり、夏の間、できるだけ冷たい麦茶は、電子レンジで温めて、常温にもどしてから飲んでいたのが利いてきたのだろう。

 夏の間思いっきり冷たいビールを飲んでいた方は、そろそろ夏バテのピークではないだろうか。夏バテの原因は、身体を内と外から冷やしすぎたことが原因ですから、これからはできるだけ冷たいものを飲むのを避けて、内蔵を冷やさず、温かいものを飲んで温めるといいでしょう。

 特に気功指圧で内臓の気血の流れをよくすると、身体が温まって疲れが取れますよ。

ぜひ、薬師堂までお越しください。

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泊まれる治療院

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 薬師堂は、泊まれる治療院です。関越の渋川伊香保インターから5分ぐらいでついてしまいます。気功指圧の治療と「青い海」の気功を習えます。

 グループやお友達、ご家族と気軽においでください。

料金は、一泊、治療と気功教室のセットで1万円です。

4,5人グループで気功を習いたいというのもお受けします。

 詳しくは、電話にてお問い合わせください。

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 コートを開いた瞬間、真夏の海に逆戻りです。やっぱり、海はいいですね。

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【落書き】コートの中はどうなっていたでしょう?

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運転中の睡魔

 高速を運転していて、太陽の光を浴びるとなぜか眠くなる。眉間のチャクラから太陽のエンルギーが入って、松果体を刺激して、メラトニンを分泌するのだろうか。

 そうした時は、思いっきりももをつねってなんとか眠気を覚ます。後は、パーキングエリアでハッカ入りのガムを買って、脳をリフレッシュするぐらいですか。

 それでもだめなら、駐車場に車を止めてしばらく仮眠をとります。

 運転中の眠気が一番危ないですね。

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思想樹

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 誰かが、「人間は考える葦である」と言ったが、気功をしていると「人間は思考する樹(気)である」と思える。

 地球の中心からのエネルギーが、身体の中心を貫き全身に行き渡り思考している。

 本来、地球と人は一体であり、その中心と一つにつながっている。気を感じることができれば、けっして自然や地球を破壊するような生き方はできない。

 ずるがしこい人間は、いつも自然と取引して利用しようとする。「国際炭素市場」てなんなんだろうか。誰かが、エコという言葉を使ってもうけようとしているとしか思えない。神様も開いた口がふさがらないだろう。

 地球を救うのは、そういうことでないだろう。思考を停止して、地球の鼓動を聞き一体化することが大切ではないだろうか。

 気功をしているとそうしたことが、自然にできるようになる。自らの心と身体を浄化することが、、本当のエコなのではないだろうか。

 

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気を病む

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 「気が利く、気になる、気持ちいい」、「気短、気長、気が重い」、「気が向く、気が合う、気にしない」、「をもむ、に病む、気難しい」と「気」のつく日本語は、実に多い。日本語は、「気」からはじまっているとも言えるのではないだろうか。

 実際に今日の気功教室でも、身体の中心から「気」がわき上がってきて、体中が温まって実に気持ちが良かった。昨日までは、ちょっと熱すぎたのだが。まだ、初心者の人は寒くなったと行っていたが、確かに気功を習い始めで、まだ、中心の開いていない人は、邪気が出る分、寒く感じることもあるかもしれない。

 しかし、続けていれば、やがて、身体の中心を流れる中脈が開かれるので心配はご無用だ。実に温かくて、気持ちがよくなる。

 このように全ての言葉の中心に「気」があるように、全ての人間関係の基本に「気」がある。人を単なる労働力としてみたり、消費者、生産者としてみるとき、こうした人間の基本に流れる温かな生命の流れを忘れていると言えるだろう。

 効率や利益ばかり追求して人間性を忘れた今の社会は、まさに病気になっているのではないだろうか。

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欲望をコントロールする

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 ある酒屋さんのおばあちゃんが、旦那さんがたばこを吸ってしまったのを、腹をたてやけ酒を飲んだという。旦那さんは、病院がすきでこまめに病院に行っては、年中入院している。ついこの間も心臓の調子が悪いといって、何週間か入院していたばかりだ。

 覚醒剤や合成麻薬で問題になった芸能人や学校の先生、そして、酔っぱらって当て逃げしてしまった警察官と欲望をコントロールすることができずに失敗をしでかしてしまう人のなんて多いことだろうか。

 欲望とは、なんだろうか。それは、脳が快感求めるということだろうか。それをコンントロールするには、間脳に直接刺激をいれて脳内物質の分泌を促すことができるようになれば、なんの問題もないようにに思う。覚醒剤、麻薬、酒、たばこと外部のものに依存することによって、問題が引き起こされる。あるいは、問題をそれらの物質に依存して解決しようとすることで中毒になってしまう。

 それらの物質に逃げなくとも、ただいまここで間脳を直接刺激すれば、幸せになってしまことがわかれば、世の中の苦しみや悲しみは減ってゆくことだろう。

 具体的な方法については、薬師堂にお尋ねください。

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小室哲也の再出発

 小室哲哉が復帰したようだ。彼ほど諸行無常、盛者必衰の理を見事に表した歌手もいないだろう。

 マイケルジャクソンのようにこの世というステージから退場することがなくてよかったですね。
DEPATUREという曲は、出発という意味があるようで、ここから彼の再出発のようだ。

 これからの彼に期待したのは、単なる流行歌ではなく、いろいろな経験をしたのだから、永遠の真理を語るよううな深い曲をかいてもらいたいのものだ。

 その時、はじめて真のDEPARTUREという曲ができるだろう。

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思考を停止する

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今日は、思考が停止して、思わず瞑想状態に入ってしまう。
昨日、上江洲先生に会った効果が今日でてきたらしい。

 悟りというと難しこののように思うが、要するに思考が停止して、物語が終わるということなのだろう。

 しかし、思考ぐせのついていいる人には、このことは非常に難しいことのようだ。思考を止めるということを思考してまう。

 昨日、会の後にいっしょに見えていた人を誘って3人でお茶を飲んだ。そのうちの一人の人が、自分がなぜ最近、会に参加できないのかということ を延々と語りだした。彼にとっての神話のような、自分と日本の霊性の世界がいかに関わりをもっているかを語り出し終わる気配がない。

 端から見ているとその時間は水平に流れている。ただの物語の展開でしかない。そうした時間の流れを断ち切って、垂直に流れる時間の中に入るのが悟りの道だと思う。

 本人にとっては大切な物語なのだろうが、これほど何回も上江洲先生に会っていて、一番基本的なことがわかっていないのかと少々びっくりした。

 知的な人ほど、物語を手放し、思考を止めるという単純なことが、実は一番難しいのかなとつくづく思った。
 普段我々は、ざまざまな物語のなかで生きています。でも、それは自分たちが作った単なる物語でしかないということに気がつくとき、心の苦しみや悲しみから解放されて真の自由を喜びを味わうことができるのでしょう。

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気の補給

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 今日は、桐生に上江洲先生という覚者のお話を聞きに行ってきた。最近、先生は海外に行くことが多くなったので、桐生に来て頂けるのも3ヶ月ぶりだ。

 先生の話を聞いていると自分たちが現実だと思いこんでいるこの世界には、もっと様々な次元があるということを感じる。当たり前と思っていることも実は当たり前ではない。「私」というものは、もっと大きく無限の存在であるというこに気づかせてくれる。

 また、気も入れてくれるのだが、会場にいるだけですごいエネルギーを感じるくらいだから、自分のより深い部分が開かれてゆくのがよくわかる。

 普段は、ひとりでヨガをしたり、気功や太極拳をして、気を高めているが、実際に高いレベルのエネルギーを持っている方に直接会うことは、何よりも進歩するしありがたいことだ。

 みなさんも機会があれば、固定観念を捨てて会ってみると面白い体験ができるでしょう。

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明太子が歯にしみて

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 今日は、お昼に明太子を食べた。その辛さが神経を刺激したのか、もともとぐらぐらと揺れていた左上の奥歯が痛み出した。水ですすいだら痛みが消えたので、そのまま車に乗って往診にでかけた。

 ところが、途中でまた神経がずきずきと痛みだした。しかたなく途中で車を止めて、気を痛みの箇所に送り込んだ。思わす身体中から汗が噴き出し、必死で痛みをこらえているとようやく何とか収まった。

 そのまま患者さんのうちに行って、治療をはじめた。しばらくは良かったが、冷房の風あたったら、また、痛みはじめた。身体からは汗は噴き出すし、歯は痛いし、冷房に冷やされて、本当の冷や汗となった。

 やむなく途中で指圧を中断すると、そのまま患者さんのお宅を後にして、歯医者さんに向かった。椅子に座ると、これは抜いてしまいましょうということで、一件落着。

 痛みの原因が消えて今はさっぱりしている。痛みを手放すためなら、身体を手放すのも悪くない。これからは、永遠の命に向かって、少しずつ身体を解きはなってゆく過程に入ったようだ。自分は、肉体ではなく、エネルギーであり、純粋な意識だと思うと、そうした過程もかえって楽しいものだ。


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そろそろ夏ばて

 そろそろ夏バテで何となくお腹の調子が悪くなってきた患者さんを指圧しながら、

胃と肝臓がつかれていますね。こりゃいかん蔵と一言、冗談がわかる患者さんにはつい言ってしまいます。ついでに小腸をおしながら、しょうちょうに悪いよ。

 冷房をいれなくてもぐっと涼しくなります。

 

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脳と心臓と股関節の病気の予防

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 三大成人病は、癌、心臓病、脳卒中と言われいます。このうちの脳と心臓の病気、そして、股関節の頸部骨折の予防は、「青い海」の気功の教室に通っていただければ、予防できるのではないかと思います。

 自分が、止められないことは、こうして気功や太極拳、ヨガを通してみなさんをどうすれば健康にすることができるのかということを追求することと、本当の自分とは、何なのか。自分はどこから来て、どこへ行こうとしているのかということを明らかにすることです。

 寝ているときも 気を感じたり、般若心経を唱えたりしていますから、夢をみている時以外は、いつもそのこおとを求めていると言えるでしょう。

 それは、永遠の命に帰ることですから、誰にとっても最も必要なことかもしれませんね。ただ、その必然性に気づいていない人もいるかもしれませんが、「死」を身近なものと感じた時には、考えざるを得ないのではないでしょうか。

 話を脳と心臓、股関節頸部骨折の予防に戻しますが、歳とってくるとこの病気は非常に切実なもになってきます。顎を引いてうなじを伸ばすような運動は、下から脳を引っ張るような力が働きますので、脳の中心部にある間脳を刺激して、脳を活性化することができます。

 その時、肘を後ろに落とし、胸を開くような運動をすれば、心臓の圧迫がとれ、血液の流れが良くなります。

 そして、陳式太極拳のように、股関節を開いて、アーチのような姿勢で下半身を動かせば、脚の太ももの筋肉が鍛えられ、自由に股関節を動かすことができるようになります。

 この三つを鍛えることが、いつまでも健康で若か若しくいるためには、重要になります。

詳しくは、薬師堂にお尋ねください。


コネタマ参加中: あなたの“やめられない、止まらない”ことは何?【ココログ選手権】

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地球には磁場があり、人には気場がある

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最近、身体の中心を流れる気が熱い。ちょうど地球の中心を磁気が流れているように身体の中心の中脈という管に気が流れている。人にも地球にもエネル ギー場がある。地球の磁場のことを思えば、けっして不思議なことではないだろう。ただし、これは気功などをして気の鍛錬をしないと感じることはできないか もしれない。

 感じようが感じまいがあることには変わりはない。人体は、単にケミカルな存在ではなく、物理的な存在でもあるということだ。いわゆる薬を処方する医学においては、人体をケミカルな存在として捉えようとするだろうが、実際は気が流れている物理的な存在でもある。

 こうした人体観の世界では、以心伝心とかいって情報を電波のように飛ばすといいうことも自然と行われている。人体や人生をエネルギーの流れとして 捉えれば、一つのことに執着して破滅してしまうこともない。「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」と言った世界だ。

 アメリカのドラマを観ていると、男女の仲もケミカルな反応が起きるとかいう表現を使う。この表現には、正直、違和感がある。男女が引き合うのは、 ケミカルではなく磁力が働くという意味で、極めて物理的な反応だと思う。つまり気が合う、あるいはお互いに気がすーと通って好気という表現の方が自然に感 じる。

 明治以来、針や灸、漢方と言った東洋医学をないがしろにして、西洋医学に走って、今の世の中はどうなったか。平均寿命は世界一になったが、少子高齢化が進んで、医療も社会も崩壊寸前である。

 生きるとは、単に物質としての肉体の寿命を延ばすことではなく、永遠に尽きることのないエネルギー循環としての実感を得ることではないだろうか。 身体の中心に気を流れを感じる時、喜びと元気が身体を満たしているがわかる。そして、それは地球や宇宙ともつながっている。すべたが、一つのエネルギーの 流れの中にある。

 このことに気がつけば、今の社会の問題も解決するのではないだろうか。自然を守りあまり生に執着しないことが肝心だ。すべては、水のように流れ循環しているのだから。

 ということで宇宙でやってみたい実験は、宇宙空間で瞑想するでした。



コネタマ参加中: 宇宙でやってみたいオモシロ実験は?

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夏と冷え

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 夏は、意外と体を冷やす。今年は、梅雨が長引いたので、座骨神経痛がでて治療にきた患者も多かった。後は、冷房の冷たい風で片方の体を冷やして神経痛がでる人もいる。未だに夜眠る時に冷房を入れっぱなしだと相当からだも冷えるだろう。

 子供と毎日プールに通っていても、体を冷やしてしまうだろう。冷たいものをがぶがぶ飲んで、アイスを食べても冷やしてしまうだろう。

 この間の日曜日は、涼しい風を受けながら横になってビデオで映画を観ていたら、急に頭が痛くなってきた。油断をしていたら、身体に冷えが入ってしまったのだ。そうすると自然と身体が冷えを出そうとする。トイレに駆け込み、冷や汗をかいて、でるものがでるとだんだん落ち着いてくる。風邪をひく場合は、もう少し深冷えが深く入ってしまうので、発熱して発汗する必要があるのだろう。

 これから朝晩が涼しくなると朝方冷えて風邪をひきやすいので気をつける必要があるだろう。

 というわけで意外と夏は身体を冷やしてしまうので注意しましょう。

冷えた場合は、温灸で温めると冷えをとる効果が大きいです。

 心あたりの方は、薬師堂にお越しください。

 

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カンパチと「青い海」の気功

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 今日は、従兄弟のお孫さんの5才の誕生日だった。そのお父さんたちが、海で捕ってきたカンパチをお祝いの席でいただいた。

 なんと2メートルの波間をぬって2キロぐらい沖合でもりでしとめたという。1メートルぐらいのかなりの大物だったので、カンパチに引っ張られながら、格闘の末つかまえたという。

 話を聞いていると海の中にいると次第に体を流れる血液の音に意識が集中して、瞑想状態に近くなるという。深く潜るにしたがって、濃い青から真っ暗に近づいてきて静寂というものが、強く意識されるらしい。

 そのままでは、優しい気持ちになってしまって、魚を捕ることができなくなってしまうので、気持ちを奮い起こして漁を続けるのだという。

 カンパチを食べいる時に、連れ合いの雌のカンパチがいつまでも捕られてしまったカンパチを探し回っていたという話を聞いて、かわいそうなことしたと思ったが、食べてしまった後で、なんともいいようがなかった。魚にも心があるようだ。そう思うとうかつに漁もできないと思うのだが。動物はともかく魚の心というのは、あまり考えたことはなかった。

 そこへいくと「青い海」の気功は、イメージの世界で海へ溶けてゆくので、遭難する心配も生き物を傷つける心配もない。実際の海の世界を知っていれば、その良さをますますよくわかってもらえるのではないだろうか。その方が魚や鯨も安心して暮らせます。

 興味のある方は、薬師堂までご連絡ください。

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夏バテ

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 朝晩は、少し涼しくなってきて、瞑想をするのもだいぶ楽になってきた。瞑想をすると体の中の気がわき上がって、体が熱くなってくる。夏は、すぐに汗ばんで瞑想もしにくいものだ。しかし、お盆が終わる頃になるとそろそろ夏の疲れが出てくるようになる。

 夏は冷たいものを飲み過ぎるので、どうしても内蔵を冷やしてしまう。冷やせば、当然、また熱を上げなければならない、そのために内蔵が疲れてしまう。できれば、冷蔵庫から冷たい飲み物を出したときには、電子レンジで少し温めて、常温に戻してから飲めば夏の疲れも抑えられるだろう。

 「常温ビール」というのを売り出したら、夏ばてもだいぶうちばになるかもしれない。なかには、ジョッキまで冷凍庫で冷やして飲んでいる人もいるかと思うが、内臓は悲鳴をあげているかもしれない。だいたいテレビのビールの宣伝がぎんぎんに冷やしたビールをうまそうに飲んでいるのがよくない。

 発想の転換をするれば、夏ばても予防できるでしょう。

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太極拳の目的

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 夕べの食事の時に「何のために太極拳をしているんですか」という問いがでた。太極拳をする理由には、健康のためにとか強くなりたいとかいろいろあるだろうが、正しい太極拳をしなければ、それらは身に付かない。

 以前、太極拳を教えていた公民館活動のグループがあった。彼らのなかに礼儀をしらないものがいたので、そこで太極拳を教えるのをやめた。すると彼らは、よそから他の先生を連れてきた。その先生は、連盟とか協会に属しているようで大会にでるための太極拳を教えているらしい。つまりは、人に見せて採点されるための太極拳だ。

 その後、彼らについていった人のうち一人は癌でなくなり、一人は病気になり体調を崩しているようだ。

 太極拳の動作は、確かに観ていて美しい。しかし、一番大切なことは、内面を流れる気を感じることだ。そうすれば、自由自在にその流れを動かし、健康にも武術にもいかすことができるだろう。単に形だけまねてもあまり効果はないということだ。

 太極拳も動きに慣れれば、気功のように気を感じながら動くことができるようになる。

大多数の人が求めているのは、健康、若さ、美しさだろう。そのためには、ちょっと時間がかかり難しいかもしれない。

 そこへいくと「青い海」の気功は、とても簡単でわかりやすく、お年寄りから若者までだれにでもすぐにできる。気感を得るのもとても早い。クジラの声の入った音楽を聴きながら動くので、自然に原初の海に溶けるように深い意識の中へと帰ってゆくことができる。もう十年来続けている生徒さんもいるが、とても元気で活動的だ。

 こうした気功と太極拳を組み合わせて教えているが、複雑な動きと単純な動きがまざり美と健康を兼ね備えてとてもいいようだ。これなら、仕事や家庭の様々のストレスがとれ生きる意味も見つかって心から喜べるようになる。

 現代のように欝やパニック障害などの精神的な病気が多いじだいには、うってつけだと思う。

 ということで、興味のある方は、薬師堂まで気軽にお尋ねください。

 

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夏の日ざしと太極拳

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 友人の太極拳の先生が、我が家でお弟子さんたちと数人で合宿をしている。普段は、東京方面で教えている生徒さんが、群馬の雄大な風景のなかで稽古に励んでいる。

 夕べは飲んだビールが効いて今朝は、調子が悪かったが、午後から稽古に参加したら、久しぶりで楽しかった。彼は、中国の陳氏太極拳の家元のような直系の先生に直接ならっているので、こまかいところまで良く教えてもらえてありがたい。どうせやるなら、本物の中の本物のものを求めなければ、本質は身に付かない。

 その本物の師に出会うまでが、大変ですね。

これからもいろいろな企画を立てますので、興味のある方はご連絡ください。

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7,手首の緩め方

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 最後に手首を緩めます。体を左右に回転させながら、両手を放り投げるようにします。投げて、戻し投げて戻しを繰り返します。

 両手を放り投げる時は、節分で豆を投げるように「鬼は外、福はうち」といった感じで投げます。宇宙の果てまで、投げるようなつもりで放り投げると手首がゆるんできます。

 この関節を緩める動きだけで、全身がゆるみしだいに汗ばんできます。逆に言えば、いかに普段は、関節が詰まっているかということがわかります。

 全身の関節がゆるめば、気血の流れがよくなり、元気がもどってきます。冷え性や血行不良で悩んでいる方は、ぜひ、お試しください。

 詳しくは、薬師堂まで!

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6,肘関節の緩め方

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 肘を緩めるには、大きなボールの上をスライドさせるようにして、両肘を落とします。この時、股関節をゆるめ骨盤を恥骨を持ち上げるような気持ちで上に返し、背骨を沈めるように下に伸ばします。同時に肛門を締めて、お腹をふくらませて気をためるようにして息を吐きます。

 両手を上げる時は、息を吸いながら片方の手でもう片方の手首をつかみ、片足の方を向き、正面を向きながら肘を落としてきます。

 息を吐くときは、勢いよく鼻から吐くと体中に元気がみなぎってきます。太極拳の力の発っし方に似ています。何回か続けるうちに体が熱くなってくるでしょう。冷え性や虚弱体質の方にお勧めです。

 詳しくは、薬師堂まで!

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5,肩関節の緩め方

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 肩関節を緩めることは、肩こりをとり五十肩を予防するために大切です。まずはじめに片方の肩の力をぬき、体を反対側に回転させながら、ぶらりと象の鼻のように前に動かし、体が戻る時に、肩、肘、手首と順々に戻してきます。戻し時は力を抜くように一つづつ関節に意識を置いて戻してきます。

 動きに慣れたら、たとえば、右の肩を動かす時には、左の股関節に折って合わせるようなつもりで動かします。すると重心が左の足の裏に落ち、地球に反発した力が返って、戻って行きます。後ろから見れば、たすきがけに弓なりに体が前に曲がるようなイメージです。地球に力を落とし、その反動で返る動きは、地球との対話とも言えます。

 こういした動きを繰り返すことで、肩胛骨が自由に動き、肩こりが解消されて行きます。

力ではなく重さを利用して動くと心と身体は、解放されて自由で安定した精神状態に近づきます。しだいに日常の雑念が動きの中で消えてゆきます。単純な動きの反復が、思考を減らし、気持ちよさを増してゆきます。

 詳しいことは、薬師堂にお尋ねください。

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暑い日は、思わず山に行きたくなる

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今年の夏は、あまり暑い日がないが、暑い日には、仕事を放り出して思わす山に行きたくなる。涼しい山の岩場に座って瞑想したら、どんなに気持ちがいいだろうかとおもう。

 群馬では、白根山あたりまで行けば、かなり涼しいだろう。最近は、連れがいないのであまり行ってないが、白根の山の雄大な風景と涼しいさは絶品である。

 その他には、谷川岳とか涼しい山はいくらでもある。普段は、赤城、榛名を見ながら過ごしているが、夏はもう少し標高の高い山がいいだろう。長野とか他の県にも素晴らしい山はたくさんあるだろうが、群馬の山もけっこうあきないものだ。

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夏に行くなら、あなたは海派? 山派?【ココログ選手権】

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押尾学、MDMA,矢田亜希子

 ここのところテレビを見ているとこの言葉が繰り返されている。そういえば、何かの番組で見たような気もする。あまり詳しくないので、インターネットで調べてみて、やっとわかった。

 MDMAは、脳内のセロトニンを過剰に放出することにより、人間の精神に多幸感、他者との共有感などの変化をもたらすとされるとある。

 MDMAは、錠剤型麻薬であり、エクスタシーとも言われているそうだ。イギリスで始まったレイブとかの野外のダンスパーティーで使用されはじめたようだ。そういえば、群馬でもレイブで薬剤を使用して何人か亡くなったとかいうニュースを聞いたことがあるような気がする。

 セロトニンは、うつ病や神経症などの精神疾患に薬剤として処方されているとある。

 薬師堂にくれば、これらの薬剤は必要ない。自分自身の力で自然にセロトニンを分泌して永遠の喜びを見出すことができます。そのための具体的な理論と方法があります。しかも、とても簡単です。間脳を刺激することにその秘密があります。

 気功ヨガや太極拳を使えば、健康で爽快で永遠に続く喜びを発見できます。もし、外部の薬に頼るなら、一時的な多幸感と連帯感、そして、最後に破滅が待っているのかもしれません。

 詳しくは、薬師堂まで!

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4,胸の開合

Munekaigou

「胸がつかえる」と言う言葉がありますが、胸や背中が丸くなることで、気の流れがとどこおりますので、胸も一つの関節として捉え、開合を繰り返すことによって、胸のつかえをとります。

 重心は真ん中で、両手を広げます。この時、自然に息が入ってきます。次に片方の足に重心をのせて、息を吐きながら、両手を閉じます。この時、手の平は、外に返します。再び両手を開き重心を真ん中に戻します。

 同じように何回も繰り返します。

日常的な生活では、どうしても背中が丸くなりがちですから、胸を開くことで背中のつまりをとります。そうすることで心臓に対する圧迫もとれますので、胸部の気の流れがスムーズになり心臓の働きも楽に行われるようになります。

 詳しくは、薬師堂にお尋ねください。

 

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3,股関節の緩め方

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 股関節を緩めることは、とても大切なことです。意外と普段は股関節を大きく動かしていません。そこで体重を片方の足にのせる時に、曲げる方の股関節を曲げて椅子に腰掛けるようなつもりで曲げます。

 すると自然と恥骨が持ち上がるように骨盤が返り、背骨がゆるみながら後ろにややまるくなような感じでおへその後ろの命門というツボが開きます。この時、股関節が深く曲がり、足の裏に自然と重さが落ちて安定します。

 命門を開く動きは、とても大切です。ここを開くことで背骨の中に気が入り、また、まっすぐになることで自由に気が背骨の中を動くことができるようになります。

 上体の力を抜いて何度も繰り返し、股関節を曲げながら回転運動を続けているとしだいに気が下に落ちて心が安定してくると同時に気持ちよくなってきます。足の裏から入る大地のエネルギーは、股関節を緩めることで、自然と身体に流れこんできます。

 この動きを繰り返せば、太ももの筋肉も鍛えられ大腿骨頸部骨折の予防になります。

詳しくは薬師堂にお尋ねください。

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やっぱり麦茶でしょ。

Gazou_1621

 写真は、鐘の中に麦茶をいれてとってみました。あまりうまそうには見えないけど、夏の冷蔵庫の中には、やっぱり麦茶がなければ困ります。

 ビールもいいけどちょっと太ります。麦茶ならいくら飲んでも大丈夫ですね。

夏はやっぱり麦茶が一番。

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1,足関節 2,膝関節の緩め方

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 足関節の緩め方は、足首の内側に重さを流し込むような感覚で足首の外側へと重心を移動してゆく。力を抜くように心がけると自然と身体が回転してゆく。両手も力を抜いて動くと身体に巻き付くように動く。この時、膝も軽く曲がり下に沈むような感じになるり、両手が巻き付く時にやや上がる感じとなる。力が抜けるまで何回か繰り返す。

 次に膝を意識して、同じように膝の内側から緩めて曲げながら、外側へと重心を移動してゆく。無理に動かすのではなく、自然に沈むように移動して、最後に同じくやや上がる。
やはり気持ちよくなるまで何回か繰り返す。

 ポイントは、力を抜くということで、重力に任せて自然と身体が動きゆるんでゆく。マラソンのようにたえず目標をもって前に進む事しかしてこなかった人には、なんだか妙な動きに見えるかもしれないが、なれると大変簡単な動きなのにとても気持ちよくなります。

 詳しくは、薬師堂まで。

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身体の気の流れは関節で滞る

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 身体の気の流れは関節で滞ります。それをほぐすには、下から順に左右に回転させながらほぐしてゆきます。

 ほぐす関節は、足関節、膝関節、股関節、胸も一つの関節とかぞえます、そして肩関節、肘関節、手関節となります。

 従って、はじめに足首に意識を置いて左右に身体を回転させてほぐします。ただ、回転するだけでなく、意識を置くことで、関節が開かれ気の流れが改善してゆきます。

 気功ヨガは、意識とイメージ、呼吸を使った運動法です。このほぐしの段階では、さほど呼吸を意識する必要はありません。ゆうくりとたっぷりと動くことで、しだいに心と身体の緊張もとれ、気持ちよく気が流れ出します。リラックスして力を抜きながら動くことがポイントです。

 身体を水の入った袋のように想像します。そうすると自然と気が流れはじめます。なにか堅い骨や筋肉の集まりといった考えは捨てましょう。私たちは、もっと自由で柔らかい存在です。

 今日から、自分がつかんだ気功ヨガの基本を説明してゆきます。

詳しくは、薬師堂までお尋ねください。

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気功教室の後はおいしい自然食

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 気功教室の後は、たまに近くの自然食を出してくれる喫茶店でみんなで食事をする。ここは、自分のうちの庭で古代米やハーブや野菜などをつくっていて、安心しておいしい食事をいただける。気功の後に食べるにはもってこいの店だ。

 たまにこうしてみんなで話をするのもいいことだ。普段は、気功の後にお互いに話を交わす機会というのはさほどないが、お互いに顔を見ながら食事をすれば話もはずむ。

 やはり、みうちの死やお葬式が多いといった話がでたが、気功をしてエネルギーを感じれば、命は「死」によって終わるものでもないといういことが実感としてわかるというと話すと自然と納得してくれた。

 続けて兄弟を亡くされた生徒さんも、ほっとした安心した顔にもどっていた。まだ、多少薬のお世話になるが、だいぶ減ってきたという。もっと早くこの教室のことを知っていればよかったという。

 確かに、喜びと健康、そして、若返りのツボを刺激することのできるこの教室は、きっと心と身体の助けになります。みなさんもぜひ、はやめに参加するといいと思います。

 薬師堂でお待ちしています。

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夏は海の中にかぎる

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 夏は暑いですね。こんな風に海の中で過ごせたらいいですね。ここで気功をしたらまさに「青い海」の気功ですね。



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梅雨の鬱陶しさを吹っ飛ばす気功教室

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 今日の気功教室は、実にさわやかで気持ちが良かった。梅雨の鬱陶しさがすっかり吹っ飛んでしまった。仰向けで寝てする意識の宇宙旅行が最高に気持ちよかった。

 最後に宇宙全体に身体を広げるイメージを持つのだが、実際にいくつかのパーツに別れて分解された体表が、宇宙空間に浮かんでいるようだった。宇宙に広がりきった身体には逆にこちらに向かってエネルギーが流れこんでくる。そして、実際の身体を癒し始める。

 起きあがるとすっかり脳がリフレッシュされ、目がはっきりと見え始める。生き返った喜びに叫びたくなるようだ。

 その後は、太極拳でさらにエネルギーを補給し、「青い海」の気功で再び命の根源に溶けてそのエネルギーに満たされてゆく。

 気功教室が終わる頃には、みな元気が復活し、若返った笑顔で家路へついた。

梅雨は気功にかぎりますね。みなさんもぜひ試して見てください。詳しくは薬師堂まで!

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この世を夢と気づけば夢から覚めることができる

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 今日は、また、いつもの池に蓮の華を撮りに行った。そこで面白い体験をした。カメラを取り出そうとした時に、カメラのグリップのところが「つ」の字型に割れているのに気がついた。おかしいな落とした覚えもないのにと思いながら、割れた部分を合わせてなでているとその傷が消えてしまった。

 うちに帰ってからも何度もカメラを取り出して割れた部分を眺めてみたが、傷らしきものは残っていない。軽くたたいて確認してみても割れた様子はない。不思議なこともあるものだ。まるで狐につままれたようだ。

 そういえば、子供のころに日本にはいないはずのトカゲを見たことがある。どうみても誰かがかっていたのが逃げ出してきたものではなかったように思う。それは、時空の割れ目から抜け出してきたような感じだ。

 この世は、自分たちが思いこんでいるほど確かなものではないのだろう。時空の裂け目から違う世界がかいま見えることがあるのかもしれない。要するに夢とさほどかわらないのかもしれない。この世を夢と気づけば、夢から覚めることができる。そして、もっと自由に生きることができる。

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ひとり寝の今は、sound of silenceを聞くのみ

 最近 楽しい寝言も聞いてないな。そういえば、サイモンとガーファンクルが日本でもコンサートをしたという話を聞いた。すっかり、歳とってしまった彼らを見ているとこんな道元禅師の言葉を思い出す。

 「生死を明らめ死を明らめるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、ただ生死すなわち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として願うべきもなし、この時初めて生死を離るる分あり、ただ、一大事因縁と究尽すべし、人身得ること難し、仏法会うこと希なり、今我ら宿善の助けるによりて、すでに受けがたき人身を受けたるのみにあらず、あいがたき仏法にあい奉り、

 生死の中の善生、最勝の生なるべし、最勝の善身をいたずらにして露明を無常の風に任することなかれ、無常頼みがたし、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身すでに私にあらず、命は光陰に移されてしばらくもとどめ難し、紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに証跡なし、ー以下略」

 楽しい悲しいと言っても人生はあっという間に過ぎ去ってしまう。「沈黙の音」というのは、確かにある。「シーン」というのは、何もないのではなく、細かな粒子がぶつかってなっている音だ。私という意識が消えれば、より深く広く自由な世界に溶け去ってしまう。人生は一睡の夢のようなものだ。
 がしかし、また、楽しい寝言を聞かせてくれる人は大いに歓迎します。

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天を開けば地に向かい、地を開けば天に向かう

Tenkaitikai

 前回は、頭頂からエネルギーが流れ込む様子を絵に描いて説明したが、エネルギーのセンターは上から開いた方がいいだろう。その方が、下にエネルギーが流れるので安定することになる。いわゆる気が下に落ちて落ち着いた状態になれる。

 身体の基底部、会陰のあたりから開くと気は上昇して頭頂部を突き上げる。上が開いていればいいのだが、そうでない場合は、鉄兜をかぶったようにたえず頭部が圧迫されたような状態になってしまう。基本的に気は上昇しやすいので、特に初心者は注意が必要だ。

 患者さんで若い頃に下から開くようなヨガのグループにいたと言う人がいるが、彼はうちに来た時、完全に気が上に上がってしまっていて、宙にういているようだった。治療でだいぶ落ち着いてきたのだが、今でも完全には降りきってはいないようだ。

 開く開かないは意識の問題でもあり、刺激を入れる場所の問題でもある。間脳に刺激をいれるように脊髄を引っ張るような動作をしてゆけば、しだいに頭頂、眉間の奥、ハートのチャクラ(エネルギーのセンター)が開かれてゆくだろう。あせらずにゆっくりと開いてゆくことが大切だ。

 詳しくは薬師堂までお尋ねください。

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天球から伸びる光の樹

Tennkaraki

 すきのポーズとブリッジを続けていると次第に脳天が何かに貫かれている感覚が起きてくる。それはちょうど天球から伸びた光の樹が身体を貫くような感覚だ。

 地球に対するものとして天球というものを想像すると上の図のようなイメージになる。確かに天球というものは、目には見えないが重力に対する遠心力の中心をイメージするとこんな風になる。体感的には、この図のように確かに存在しているようだ。

 草花や樹木がまっすぐ天に向かって伸びるのも、この天球がひっぱているからと思うと納得がいく。天はいつでも我々を引き上げようと働きかけている。ただ、虚心に天地の軸に意識をこらし目を閉じて心と脳天を開けば、自ずと天の光のエネルギーが身体を貫いて流れ出す。

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病気に逃げ込むべからず

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 世の中には、いつも病院に行って病気を探しているような人がいる。そういう人たちは、きっと生きるのがたいへんなのでなんとか休憩したいのだが、病気で病院に入院する以外にうまい方法が見つからないのだろう。近年のように派遣労働などになって労働条件が過酷になれば、ますますそうした人たちが増えてゆくのではないだろうか。

 病院で病名が与えられるとかえって、ほっとするという面もあるのかもしれない。誰に気兼ねなく休むことができる。病気じゃしょうがいと誰でも思う。確かにどうすることもできない病気もあるが、病院に逃げ込みたいというほど疲れ切ってしまうこともある。

 そうなる前に自分で心と身体の健康の秘訣を知って、予防することの方がいいように思う。間脳を刺激するのが、若さと健康を保つ秘訣だ。

 けっして難しいことではないので、ぜひ、試して見てください。このブログに具体的な方法も書いてあります。詳しく知りたい方は、薬師堂までお尋ねください。



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愛するは、愛されるよりも美しい

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 アンマというインド人の女性の聖者は、世界中に無償の愛を与え続け、すでに2800万人もの人たちをハグしています。日本では、なぜかマスコミが報道しないので、知らない人の方が多いと思いますが、たとえ何万人の人がハグを受けに来ても、12時間以上でも最後の一人までハグし続ける人です。その間一度もトイレにも立たないし、食事もしないのですから、その愛は、すばらしい奇跡的なものと言えるでしょう。

 一般の人の言う愛とは、相手を愛しているようで、実は自分を愛しているだけの場合が多いように思います。アンマも普通の人の愛には、身勝手が潜んでいるといいます。つまり、自分にとって都合のいい場合だけ愛しているというのかもしれません。

 日本にも上江洲先生という覚者がいます。そして、こんなことを言っています。

愛するは、愛されるより美しく、すべてを幸せにする。

愛を得ようとするものは愛を失い、愛を放つものは愛を得る。

命を得ようとする者は命を失い、命を放つものは命を得る。

一命一体、全体は我であり、我は全体である。

 一般に言う愛は、単なる「執着」でしかないのかもしれません。愛する方がいいとか愛される方がいいでなく、お互いを解き放ち自由にする「放つ愛」に到達したいのものです。

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皆既日食より宇宙の旅

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 今日は、皆既日食だそうで、各地の模様がニュースに流れた。わざわざ遠くに出かけた人も多かったことだろう。 

 こちらは、気功教室で気功の生徒さんたちと無料の宇宙旅行に出かけた。といってももちろん実際に行くわけではなく、イメージの世界で行くのである。

 まず、目を閉じた状態で意識の目を使って天上を見ていると想像する。それから天上を突き破り、しだいに空の向かって上昇してゆく。次に雲を突き破り、星のなかをどんどん突き進んでゆくと想像する。最後は、宇宙の果てを突き破って、光の世界へと入ってゆく。光の中をどんどん突き進み光りの中心に到達したら、下に向かって降りてくる。

 宇宙を降りてくると青い地球が見え始める。それはだんだん大きくなり、日本列島が見えて、関東平野が見え、また自分の部屋へ戻る。

 今度は、一気に光りに飛ぶ、そして、一気に部屋に戻る。同じように3,4回繰り返す。そして、頭のてっぺんから入り、身体の中を見てゆく。まず、頭の中を、次に首の中を、同じように、順に胸、お腹、脚、足の裏と見てゆく。そして、また、同じように、3,4回繰り返す。足の裏に意識をおいて暫く呼吸した後、身体全体から宇宙に向かって、四方八方に息を吐いて宇宙全体に身体を広げてゆく。しばらくそのまま呼吸をして、宇宙に広がって自分を楽しむ。この時、意識は、虚空に飛んでしまい、なんとも言えず気持ちがよくなる。大脳の緊張が解けてリフレッシュされる。

 最後は、両手をおへその上に重ねておき、まず、手のひらから肩を通しておへそに息を吸い込む。次に脳天からおへそに息を吸い込む。最後は、足の裏から息をおへそに吸い込んで、おへそに意識と気を戻す。目をゆっくりと開け、両手をこすって、全身をマッサージする。まず、顔をなでる、次にうなじ、のど、胸をなで下ろし、左右に開き、お腹に向かってなでて気を集める。

 いきなり立ち上がると立ちくらみすることがあるので、正座して落ち着いてから、ゆっくりと起きあがる。

 特に今の季節は、これはとても気持ちのいい功法です。興味がある方は、ぜひ、お試しください。詳しくは、薬師堂まで。

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もちろんREIKI WHALE SONG

 この動画は、クジラの歌だけだが、REIKI WHALE SONGは音楽も入っていて素晴らしい曲だ。残念ながら、この曲が入った動画が見つからなかったので、みんさんにお聞かせすることができません。著作権の問題ってめんどくさいですね。

 いつも「青い海」の気功を教える時にかけていますが、気功のイメージとぴったりでしだいに意識が海に溶けるように広がってゆき、リラックスすることができます。まるで、この気功のためにできたような曲で、動きのタイミングとぴったりあいます。

 とても癒されますので、興味の有る方は、ぜひ、聞いてみてください。

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ダイヤモンド賞

 

今までもいろいろな 精神世界の本を読んできたが、これほどわかりやすく覚醒するということについて書いてある本はないかもしれない。覚醒するためには「ただすべてを止めればいい」という。

 そういえば、昔、研究生をしていた転形劇場という劇団の芝居のなかに「考え過ぎこそ落とし穴」という台詞があった。今回の100年に一度という大不況も水爆を作っていたような科学者がマンハッタンに集まって、金融工学とかいういかさまをしたのが原因だったようだ。彼らの中には今でもその否を認めようとしない者もいるようだが、ポケットの中に、自分自身のなかにこそダイヤモンドのように光り輝く喜びがあることを知っていたら、こんな過ちは犯さなかったことだろう。

 インドから伝えられた覚りというのもの、現代のアメリカ人の口からわかりやすく説かれているので、興味のある方は、ぜひ、ご覧ください。さらに、インドの師匠にまで、興味のある方は、プンジャジの「覚醒の炎」やラマナ・マハリシの「不滅の意識」「あるがままに」などの本を読むといいかもしれませんね。

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幸せの秘穴を開くには

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間脳を刺激することで、脳から快感物質が放出され、気持ちよくなり精神的に安定してくると前に書きました。また、そこは、ホルモンと自律神経の中枢なので、身体の健康とも非常につながります。まさに健康と幸せの秘穴と言えるでしょう。

 では、具体的にどうすれば、その秘穴を刺激できるでしょうか。一番簡単なのは、ヨガのスキのポーズとブリッジを繰り返すことで、脊髄をひっぱり間脳に刺激をいれることです。

 スキのポーズをする時は、つま先を伸ばしながら、尾てい骨から頭のてっぺんに向けて息を吸い込みます。その時、背骨の中に息を通すようにイメージします。慣れてくると実際に背骨の中を気が上がってくるのがわかるようになります。そして、吐くときは逆に頭のてっぺんから間脳を通して背骨の中を息を通して、かかとを伸ばしそこから息を吐き出すようにイメージします。かかとを伸ばしてゆくと腰の背骨が伸び、だんだん胸、首のあたりの脊髄が伸びて、最後に間脳のあたりがひっぱられ、頭のてっぺんまでひっぱられるような感じがして、気持ちよくなってきます。その気持ちよさをじっくり味わい楽しむように3,4回行います。

 この他にも左右の腰のひねりや、膝を抱えるポーズなどとりまぜて、15分ぐらいのヨガを毎日、時間があると4,5セットしていますが、最近は、白髪が白くなってきて、驚いています。まさにこの間脳のツボは、精神の安定と健康の秘穴と言えるでしょう。

 みなさんもぜひお試しください。詳しくは、薬師堂にお尋ねください。

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天人地呼吸法

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 人を癒すという仕事がら、呼吸法というのがとても大切になる。また、これはどんな仕事の人にも応用可能な方法だ。

 まず、はじめに自分が地球の上に座っていると想像してみよう。頭のてっぺんから身体の底、会陰まで、一本の気の柱が通っていると想像してみる。その柱は、地球の中心から伸び、自分の身体を貫いて天にまで伸びている。この気の柱のことを中脈といいます。

 気功や瞑想をしていると実際にこのエネルギーの流れを感じることができるようになります。重力と遠心力、二つの力の働きが、私たちに作用しているがわかります。自分の力を抜けば抜くほど、遠心力によって無理なく自然に立てるようになります。地球の中心からわき上がるエネルギーを感じることができるでしょう。

 はじめは、なにも感じないかもしれませんが、目を閉じて、ゆっくりと呼吸してみることから始めてみましょう。背筋を伸ばし、顎をちょっと引いて脳天を突き上げるようにうなじを伸ばします。そして、息を吐きながら、肩、肘、手首とゆるめていきましょう。

 自然に身体が立ち上がる感じが出てきらら、頭のてっぺんから息を吸い込み、会陰を通して、地球の中心に向かって吐いていくようにイメージしてみましょう。地球の中心まで吐ききったら、今度は、逆に中心から息を吸い上げて、会陰から身体の中心の中脈を通して天に帰します。ちょど中脈をエレベーターにのっているように呼吸が行ったり来たりします。慣れてきたら、一息で吸い上げ、一息で一気に天から地球の中心まで吐ききります。

 しだいに身体の存在を忘れて、エネルギーの柱に溶けてゆきます。すると疲れ切った身体に再び生気が蘇ってくるでしょう。これは、過去、現在、未来と水平に流れる時間から、解放され、天人地と縦につながる時間の流れに乗ることを意味します。この時間のなかにこそ本当の平安と喜びを感じるでしょう。

 過去の悲しみや仕事のしがらみから解放され、未来への不安が消えてゆきます。今ここにこうしているだけでいいんだというこがわかるのです。

 このこコツを掴めば、歩いていても立っていても、人と話していても、顎をひきうなじを伸ばして、天と地をイメージして呼吸をすれば、一瞬で気の柱と同化して無限のエネルギーを得られるでしょう。

 気功とは、意識とイメージと呼吸を使った体操です。あなたにも簡単にできますので、ぜひ、お試しください。詳しくは、薬師堂にお尋ねください。


ワークライフバランスの達人

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マイケルのHeal the world花火もいいかも

 マイケル ジャクソンのこの歌いいですね。彼の純粋さがでていますね。世界中の子供達がいるようで本当に幸せな世界がくるよな気がしてきます。

 彼は、外の世界を突っ走ってしまって、結局行き着くところまで行って、この世というシーソーの端から落ちてしまったのかもしれません。いつももっともっとよくしたいと思っていたのに逆に彼の中の闇も深くなってしまたのでしょう。

 本当は、自分のなかにこそ宇宙のすべてがあることに気がついていたら、もっと違った生き方ができたでしょう。

 あなたはすでに癒されている。それは、あなたの沈黙のなかにあります。けっして、海面のように絶えず揺れ動くのこの世の中にはありません。この世にそれを求めるのは、世界中の海から波を消してしまうようなものでしょう。波があり風があるからこそ、この世は楽しいのかもしれませんね。

 最後の花火もけっこういいですね。

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田んぼは天然のクーラーだ。

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 田んぼは、天然のクラーだ。家の周りに湖ができるようなものだ。さざ波が涼しいそうで、美しい。こうした風景をいつまでも守ってほしいものだ。ただ、米を食べるだけが、すべてではない、自然と風景と調和した生き方の中に日本の稲作文化がある。そうした美を壊すように自分の利益のために米を買うように押しつける国があるとしたら、それは野蛮というのだろう。

 治療というのも、自然と一体だ。自然の中にこそいいエンルギーが満ちている。あまり知られていないが、渋川は日本のへそだ。そこには、中心のエネルギーが満ちている。そんな気に満ちた場所であなたも治療を受けてみてはいかがだろうか。きっと心身ともに生き返ると思う。この田んぼに満ちるさざ波のように。   薬師堂気功指圧センター

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アラフォー、自分を探しているあなたへ

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 前々から、スカイイーグルとチキンイーグルの話を引用していますが、今日は、迷えるあなたのためにその話を全部引用してみたいと思います。最近では、アラサーティーという言葉もあるそうですが、本当の自分がだれであるか。答えがわかるまで、人間は、だれでも心の奥底で死ぬまでその問いを発し続けるのではないでしょうか。

 ちなみにアンマは、「私たちは、迷える子羊ではなく、王者のライオンであることを覚るためにこの世にやってきたのだ。」と言います。

 (アンマの目覚めよ子供たちという本の中から以下に引用します。)

 ある時鶏が雛をかえそうと、卵を抱いて座っていると、そのなかにどうしたことか鷲の卵が一つ混じっていた。鶏はそのことを思い悩みながら卵をあたためていた。しばらくするとすべての卵から雛がかえった。鷲の子はひよこたちといっしょに育った。ひよこたちと同じように、足で土をかいたりして虫をさがしていた。鷲の子は本当の自分に気づかず、自分が王者の鷲であることをまったく知らなかった。

 何ヶ月も月日がたって、ひよこは皆立派な鶏になり、鷲の子も立派な鷲になった。しかし、それでもまだ鷲は、鶏と生活していて、自分は仲間であると思いこんでいた。深い錯覚にとらわれていて、自分は農家の庭先の鶏と同じだと思っていた。

 ある日たまたま、空高く舞っていた別の鷲が、この鶏鷲が土を掘って虫をついばんでいるのを見かけた。空を飛んでいたこの母鷲は、我が目を疑った。そして、この鶏鷲の目を覚まさせて錯覚から救い出そうと心に決め、その機会をうかがっていた。

 ある日、鶏鷲が一人きりでいたので、母鷲は空から舞い降りてきてそばまで近寄った。鶏鷲は、空から舞い降りてきた鷲を見るなりとても怖がって、鶏のようにコケコッコーと大きな鳴き声を上げた。すぐさま仲間の鶏がみんな飛び出してきて、鶏鷲を守ろうとして駆け寄ってきた。 

続きを読む "アラフォー、自分を探しているあなたへ"

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瞑想とは、意識の中心に帰ること

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 前回の続きです。中心で安定した意識は、次にどうなるのでしょうか。

上の図にもあるように次第に私という意識は溶けて消えてゆきます。このことを禅では、心身脱落とか脱落心身と言っていますね。そのことを身体が砂のように溶けて下の三角の中にこぼれ落ちてゆく絵で表現してみました。

 私という意識や肉体から解放されると、中脈という身体の中心を流れる気脈に天地をつなぐ一本の気の柱が通ります。それは、天から地とへと地から天へと地球が呼吸しているエネルギーの流れでもあります。そのエネルギーの柱と一体化しだんだんと中心へと溶けてゆきます。肉体は、しだいに希薄になり存在感がなくなり、身体の中心の中脈が熱くなってきます。

 ハートの中に焦点を合わせれば、そこからエネルギーが泉のごとくわき上がり、喜びに満たされます。さらにそのエネルギーは上昇し、脳の中心である間脳、アジナチャクラを満たします。そして、思考はとけ純粋な意識そのものへと帰ってゆきます。

 その意識の中心のことを、真我とも神意識とも空とも愛とも真理とも言うのでしょう。

 呼び名は、いろいろありますが、それはまさに私たちの中に存在しているのです。しかも、そこへ至るのは、さほど難しいことではなく、今ここで、即スイッチを内芯に切り替えればいいのです。

 今も気功教室で、教えてきたばかりですが、この意識を解放する経験はなんとも言えず心地いいのもです。薬師堂は誰でも気軽に体験できる、具体的でやさしい方法を用意しています。夏のだるさも吹き飛んで、心と身体が非常に軽快になります。

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心と身体の安定を得るには

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 この間の記事で、人間の意識を円で表してみました。今日は、もうちょっと説明してみましよう。その円の中心をぐいっと引っ張り上げて、円錐を作ってみましょう。そして、その頂点に板をおいてシーソーを作ります。陰陽相対的で絶えず変化しているこの世の様をシーソーで表現します。はじめのうちは、この浮き沈みの激しいこの世の中を、もしかしたら子供のように楽しんでいたのかもしれませんが、悲しみや苦しみを経験するうちにしだいに、このシーソーによって揺られることが、苦痛に感じられてきます。

 赤い矢印は、中心から端に向かって外へ外へと、もっとたくさんもっと遠くへと伸びたがる私たちの欲望を表します。しかし、ご存知の通り、端に行けば行くほど、振れは大きくなりますます世の中や私たちの心の中は、不安的になります。そして、ついには、すべてが崩壊してひっくり返ってしまいます。

 では、どうすれば、この不安的で安心できない、崩壊寸前の心や世の中を治せば、いいのでしょうか。

 答えは、簡単です。再び中心、内面に向かって歩みよっていけばいいのです。そして、どっかりとシーソーの支点の上に座ってしまえば、これほど安定して、安心できるところはありません。中心に向かうには、外に向かう欲望を捨てて内面を見つめてゆく必要があります。はじめのうちは、わかりにくいかもしれませが、慣れてしまえば、たいへん気持ちがいい世界です。

 具体的には、この間も描いたように脳の中心である間脳を刺激することが大切です。薬師堂は、そのための方法も、しっかりと把握していますので、ぜひ、お気軽にご相談ください。

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ベッキーの花嫁姿も余命何年と何ヶ月

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  最近は、「余命一ヶ月の花嫁」といい、ベッキーの花嫁姿といい、花嫁の姿がニュースによくなる。そういえば、勝野七奈美さんの美しい花嫁姿も先週はよく眼にした。

 よく考えてみると一見幸せそうに見える家族団欒の風景も、次の瞬間に不幸に見舞われる可能性がある。この絵のように滝壺に落ちるのは、もうすぐそこかもしれない。呑気にテレビを観ている場合ではないと思うのだが、意外とその時が来るまで、その事実を誰も直視しようとしない。

 アンマの話にスカイイーグルとチキンイーグルの話がある。ある時、空を飛んでいる鷲が鶏小屋に若鷲がいるのを見つける。本人が勇敢な鷲である事に気づかせようと、自由に羽ばたける空へと誘ってゆく。最後には、自分の本来の姿は、臆病な鶏ではなく勇気ある鷲であることを悟って、空に帰ってゆくという話だ。

 大空を自由に翔る鷲とは、肉体を離れた自由な存在である我々の真の姿の例えです。ほとんどすべての人が、自分の真の姿を忘れて、外面の世界に囚われている。自分が鶏であるという思いこみが、私たちから本来の自由を奪っている。

 余命何年何ヶ月なんて計算と死に対する恐れと不安は投げ出して、今こそ永遠の命の中に飛び立つ時ではないでしょうか。

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うつっぽい気分に針は勝つ

 お題とは、ちょっと違うかなと思いましたが、最近ちょとうつっぽいという患者さんに間脳を刺激するように、頭部のツボに針をうったところ全身にむずがゆい快感が走る感じでとてもすっきりしたと言われた。

 こうした治療は、うつやパニック障害などにも有効だと思う。身体が元気になってすっきりすれば、気分も明るくなるものだ。そこでこんな替え歌をつくってみた。この梅雨の時期、気分が優れず身体がだるいあなたへの応援歌です。

心配ないからね 君の病が
確かに治る明日がきっとくる
どんなに困難でくじけそうでも
針うつことを決してやめないで

Hurry on hurry out
補い浄化して 針うつ快感に
すこしつかれてもOh~Oh~ もう一度針うとう
癒される喜びを知っているのなら oh

人体に反応を見つけるたびに
願いをたくし ぼくらはうってきた
どんなに困難でくじけそうでも
信じることさ 必ず最後に針は勝

Hurry on hurry out
求められ施術して 気を入れ楽になり
針は育つものOh~Oh~痛ければ痛いほど
針する喜びは きっと大きいだろう

心配ないからね 君の病気が
必ず治る明日がきっとくる
どんなに困難でくじけそうでも
信じることさ 必ず最後に針は勝つ
信じることさ 必ず最後に針は勝つ

 針や気功指圧を受けてみたいかた、気軽に薬師堂にご連絡ください。きっとすっきりさわやかになれますよ。


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勝野七奈美さんの葬儀で

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 テレビで勝野七奈美さんの葬儀の様子を見ていたら、ある女優さんが「本当にかわいそうで神様なんていないと思った。」と言っていた。また、ある俳優さんは「不幸がおきてはいけない家族だとも」言っていた。悲しみのあまり思わず口をついてでた言葉だろうが、冷静になれば、これがまさにこの世の常ということは、いろいろの役を役者として演じているのだからわかっているのだろうと思う。

 身内に不幸があり神様に裏切られたと言って、神に復讐するような気持ちになると言ったドラマを海外のだラマではたまに観るが、実は、自分自身がその意識の中心においては、「神」そのだとおもえば、この想いがいかに滑稽で自分がってな想いかよくわかる。

 「私」という想いが有る限り、空のペットボトルがいつまでも波間で人生の荒波に翻弄されるがごとく幸不幸の波からのがれることができない。そのエゴを手放して、少しづつ自分を解放し、海の水を受け入れ、深い意識の底へと沈んでいけば、永遠に存在する不滅の意識にたどり着くことができる。

 今年、妹さんを亡くしショックを受けたと言っていた気功にきている生徒さんは、今度は弟さんを先週亡くしてしまったのだという。不幸というのは、重なるものだとつくづく思いましたが、「青い海」の気功で海の中に悲しみや苦しみを溶かしたら、帰るころには、少し笑顔が戻っていました。自分が肉体ではなく、気や水のように永遠に流れ続けるエネルギーの流れだと想えば、しだいに心と身体が癒されて楽になって行きます。なにごとも体感として理解してゆくことが大切なことのようです。

 勝野家の人々が、一日も早くこの悲しみから立ち直ることを祈念したいと思います。

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脳と人類全体の意識の関係

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 人類全体の意識を一つの円に例えると、我々が地球の表面に住んでいるのと同じように、普段は意識の表面の世界に住んでいます。円の表面が波打っているのは、相対的な世界であるこの世は、たえず善悪、好悪、好不調、幸不幸、生死という対立する二つの事象がくりかえしている二元的な世界であることを表しています。

円の表面では、過去、現在、未来と一定の方向に水平に時間が移動してゆきます。それに対して、円の中心へ向かう時間の流れは、エスカレーターのように縦に流れてゆきます。縦の時間に身を置くとは、意識の深層に深く入って行くことを意味しています。

 そこは、日常的な時間の流れから解放された思考の停止した状態といえるでしょう。瞑想や気功やヨガ、太極拳など、意識の働きが静まった時に体験される世界です。

 面白いのは、この意識の円は、脳の構造と対応していることです。脳の中心にある間脳に意識と気血が集まった時に私たちの意識もその中心である純粋な意識に近づいているといえるでしょう。この図は、そのことを表したものです。

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勝野洋さんの長女が亡くなったという

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そういえば、ROOKIESの決勝戦での相手チームの監督役ででてましたね。男気のあるいい役者、いい父親というイメージが強いですね。キャシー中島さんも明るくて元気ですばらしい母親というイメージがありますね。そんな幸せいっぱいの家族の娘さんが、まだ、29才、結婚したばかりで亡くなられてしまったというのは、ずいぶんショックなことだと思います。

 こういう話を聞くと、つくづくこの世は、砂浜に砂でできた城だと思います。いつ波にさらわれて、跡形もなく消えてしまうかわからないものだと。特に幸せいっぱいの時に、突然このように不幸が襲うとその想いを強くします。

 アンマが良く言っているように、私たちは、いつ折れるかわからない枝にとまっている小鳥のようにいつでも飛び立てる用意をしていなければいけないのかもしれません。目先の一時的な幸せに囚われずに、生死を超えた永遠の幸せを求めなければ、いつ不幸のどん底に突き落とされるかわかりません。

 この世の幸不幸は、まるで波のように絶えず変化しています。その波の変化から逃れるためには、海の中に潜ればいいのです。同じように意識を内に向けて、自らの内面の静寂のなかに降りてゆけば、しだいに心も落ち着いて、今まで味わったことのない深い喜びに気づくこともできるでしょう。

 ごく親しい妹さんを亡くした喪失感から、不眠症や心身症を併発して気功にきている生徒さんも、最近は、ずいぶん楽になって朝までぐっすり眠れるようになったといいます。落ち着いた安心した顔つきになってきました。

 「青い海」の気功で、イマージの海に自分の意識を溶かしてゆくいことで、苦しみや悲しみから解放され、本来ある深い喜びに気づいてきたからだと思います。自分が肉体だと思いこんでいるうちは、その死はたいへんな悲しみですが、形を変えて永遠に流れ続けるエネルギーの流れだと実感として気がつけば、その死の悲しみや恐れから解放されるのではないでしょうか。

 気功やヨガは、単に心と身体の健康だけでなく、永遠にあり続ける喜びとはなにかということも教えてくれています。

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白髪も黒くなる若返りの急所

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 一月ぐらい前から集中的に間脳に刺激をいれるよに、スキのポーズとブリッジを中心に毎日5,6セット、15分ぐらいのヨガをやり始めたのは、以前にも書いた。

 最近、気がついたのだが、右の額の横の白髪が黒くなり始めている。これほど急に効果があるものかと驚いた。間脳は、ホルモンと自立神経の中枢なので、さっそく効果がでてきたのだろう。

 マイケルジャクソンが、デメロールという鎮痛剤によって死亡したのかもしれないと報道されているが、自ら直接の脳を刺激する方法を知っていたら、これほど早く亡くなることもなかったのだろう。

 間脳こそ命の若返りのツボではないかという思いをあらためて思った。このツボは、もちろん精神の安定にも非常に効果がある。誰もが、この方法をマスターすれば、まさに薬いらずになるかもしれない。

 健康も喜び、すべてはすでに自分自身の中にあるということだろう。

興味のある方は、薬師堂に気軽にご連絡ください。

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天国のミッシー

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 うちには兄の飼うキャバリアノのミッシーがいた。今は、兄と二人暮らしなので、昼間兄が仕事に出かけると、自宅で治療院をしている私とずっといっしょにいることになる。私は、畳の部屋に「いるので、基本的には犬は土足ので進入禁止にしていたが、いつもひとりぼっちで寂しそうだったので、ミッシー用のスペースをくぎってシートを敷きおいてあげた。

 兄は、ほとんどかまうこともしないわりには、ドッグフード以外の餌はやりたがらなかった。私はと言えば、どんなに兄に注意されようとかまわず、自分が食べたものは、お裾分けしていた。おいしいものも食べずにただ長生きしても意味がないと思ったからだ。

 魂に進化というものがあるならば、犬としての段階に固執して長生きするよりも、早く卒業して次の段階に進んだ方がいいだろうと思った。そのせいか、今年の3月に12才で亡くなってしまった。月を見ながら、兄の腕の中でなくなったそうだ。なかなか見事な大往生だった。

 治療室で瞑想していると必ず吠えてよんだものだ。気を送ると気持ちよさそうに横になった。動物は、気に対して敏感ならしい。私が唱える般若心経もよく聞いていたので、今頃はきっと天国で感謝していると思う。


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肩周りの自由が、心と身体を軽くする

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最近集中的にすきのポーズとブリッジを行っている。脳の中心、間脳を刺激するのが狙いだが、肩の周りがとても楽になるという思いも寄らない効果があった。肩周りが楽になると、非常に身体が軽くなってくる。

  人間、労働や加齢で、疲れがたまってくると自然と肩が、前に出て猫背になってくる。そうした状態は、心臓を圧迫し、内臓の気血の運行が悪くなり、健康にも よくない。精神的もそうした姿勢では、落ち込んできてしまう。逆に落ち込んでいる時は、自然と肩が前にでて猫背になっているといえるだろう。

 従って、まずは姿勢から、治してゆけば自然と心の状態も明るく改善してくるといえるだろう。
心と身体に問題のある方は、ぜひ、一度お試しください。

詳しくは、薬師堂にお気軽にお尋ねください。

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友達

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 久しぶりに知り合いのヨガの先生にメールをだした。先週、まだはじめて間もない気功の生徒さんが突然やめってしまったことを伝えた。ヨガの生徒さんの場合もよくあるという返事がきた。「来る者は拒まず、去る者は追わず」ですとあったので、「私も同じ心境です。でも、気功の喜びを知らずに止めてしまったのは残念です。」と返信した。すると「自分の中で誰かとの関わりを決着つけるような考え方は、もったいないです。断定すると心はクローズすると思います。オープンハートならたまた縁がつながるかもしれません。」という返事をいただいた。

 思いもよらない返事だったので、少し驚いたが、もっともだと思った。その瞬間、ありがたい友達をもっているとうれしくなった。

 それというのも、最近、どうもなかなか理解し合える人はすくないのではないかと思っていたからだ。

 アマチの言葉にもこんなのがあった。
私たちが見る愛の背後には自己中心が隠れています市場の商売の精神が個人の人間関係の中に入り込んでいます誰かに会って最初に心に思い浮かぶことは、その人からなにを得られるか、です。もし、何も得られないと思うと、関係をもつのをしぶります。たとえ関係ができても、得られるものが減ってくると、すぐにその関係は消えてゆきます。現代人の心の中にいかにたくさんの自分勝手があるかわかりますか。その結果として、今人間性が、被害を受けているのです。」

 友達だと思っていても、その関係のなかに「商売」が入っているのではないかと思うようなことが、実際のところけっこう多い。あるいは、自分の思いこみを押しつけてきて、それに同意できなければ友達ではないという人もまた多い。

 だから、相手を尊重しつつも、こうして自分の否定的な面に気づかせてくる友は、本当にありがたい。謙虚さが、人間、やはり大切だなと思う。もちろん、自分も生徒さんから、元気ももらい、教えていただくことも多いが、改めてそのことを振り返るいい機会になりました。

 こうしてブログを読んでくれている読者の皆さんにも感謝いたします。

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魔法のチョーク

 安部公房の小説に「魔法のチョーク」というのがあった。そのチョークで描くと描かれたものが、現実化するというのだ。もし、無人島に持っていくとしたら、これが最高だろう。

 無人島に思い通りの世界を創り出すことができる。もっとも、この小説の主人公のアルゴン君は、まず美女を創り出してしまった。その美女の我がままのために、すっかりアルゴン君の世界は破壊されてしまったのだ。そして、最後は壁に吸収されてしまった。

 というわけで、くれぐれもはじめに美女を創り出すのだけは、やめておいた方がいいようです。

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人は人を幸せにはできないが、幸せであることはできる

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 今週の気功教室である生徒さんが、旦那さんといかに馬が合わないかということを話していた。本人は冷房がきらいだが、旦那さんは、冷房をガンガン効かせないと眠れないとか旦那さんは肉ばかり食べるが、生徒さんは脂っこい者が苦手で、要するにすべてが正反対だということだ。ちょうどその隣の生徒さんも同じようなことをいつもこぼしているので、お互い慰め合う友達ができたようでほっとしていたのではないだろうか。

 「幸せだな。僕は君といる時が一番幸せなんだ、死ぬまで君を離さないぞ。」なんて歌がありますが、どうやら幸せな時は短く、幸せなのは本人だけで相手は辛いだけの時期のが長いのかもしれませんね。結婚する時に、「君を幸せにします」なんて言ったとしてもそれは、無理な話です。幸せとは、「する」ものではなく「幸せである」という状態だからです。

 気功で入静状態に入った時は、間脳から快感物質がでて、全てを忘れて実に幸せな状態になります。喜びそのものに包まれた状態です。結局、人は、人を幸せにすることもされることもできません。ただ、いつでも幸せであることはできるのです。しかも、その幸せは、外部のものに依存していないので失われることもないのです。

 そんな幸せの喜びを薬師堂で見つけてみてはいかがですか。

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青い鳥はすぐそこに、勇気をもってつかむだけ

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 幸せの「青い鳥」はすぐそこにいる。ただ、勇気をもって掴むだけなのだが、その勇気のある人はすくない。みな誰しも、一見安全そうな日常の中に逃げたがる。固定観念、既成概念のなかに居座ろうとする。

 しかし、そろそろ時代の変わり目だ、勇気をもって、みんなで幸せの青い鳥を掴もう。そこには、もしかすると友愛の世界がまっているかもしれないのだから。

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気功ヨガ教室の後で

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 気功教室の後で生徒さんたちとお茶を飲んだ。普段、聞けない気功に対する質問等、正直な感想を聞けるので、時々こうした場は必要だ。長く通っている人たちは、だいぶ自分の世界に深く入っているようだが、ひとりひとり聞いてみるとそれぞれ深さには、違いがあることがよくわかる。

 ある生徒さんは、イメージ通りの世界に意識が遊び、本当に気持ちがいいという。また、ある生徒さんは、なかなかイメージが浮かんでこなくて、これでいいのかと疑問を感じているという。人それぞれ、入り方は違うが、必ずしもイメージ通りである必要はありませんと告げる。要は、自分が肉体であるという思いこみが溶けて、心が体から解放されてゆくことが大切なのです。

 その他には、最近、気功教室に通いはじめた人で、気功の後、体がだるくなるという生徒さんの話を聞いた。前回からは、だいぶすっきりするようになったという。今まで、たまっていたコリや疲れがほどけて溶けてくるとそうしただるさが、でることがあるんですよと説明した。

 「青い海」の気功とヨガと太極拳の組み合わせでそれぞれの人に楽しめるように工夫しているが、人それぞれ、その人の状態によってでてくる反応は様々だ。しかし、しだいに気功の気持ちよさにとけてゆくことができるようになる。

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喜びそのものになること

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 いろいろな趣味があって、楽しみも人それぞれだろうが、最近はまっているのは、「喜びそのものになること」だ。たいたいのものは、外になる対象物を手に入れたり、行じているうちに楽しくなるのだろうが、そうしたものは、実は一時的でやがては失われてしまう。

 それに対して、自分の内にある喜びは、外のものに依存していないので、失われることがない。間脳に意識を集め、ヨガなどで刺激をいれることに最近ははまっている。ここを刺激すると快感物質がでるので、気持ちがよくなり脳がリフレッシュされる。しかも覚醒のポイントでもある。

 未だに観自在とはいかないが、ここが健康のツボであることは確かなことだ。今日も気功の生徒さんと真の喜びに満ちてゆきたいと思う。このツボさえわかれば、うつやパニック障害といった不安や心の問題からも解放されてゆくと思う。

 興味のある方は、薬師堂にご連絡ください。

 



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智慧の眼を開く

このビデオを見ていたら、一瞬お香の匂いがした。慧眼、智慧の眼が刺激されたからだろうか。脳の中心、間脳にあるアジナチャクラを開くイメージが、とてもわかりやすく表現されている。

 最近は、毎日、ヨガでここに刺激をいれているが、まさにうってつけのビデオに出会った。そういえば、観音様の眉間にもちゃんと宝石が埋め込まれている。観自在とは、この慧眼が開いて、自由自在に物事を観ずることができる状態のことをいうのだろう。

 喜びと智慧と健康をもたらしてくれる、この智慧の眼をぜひ完全に開きたいものです。

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ひかりなでしこ

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 「ひかりなでしこ」という花火を作っている患者さんがいる。皇室に献上したり、海外ブランドで購入したりと小さな花火工場だが、けっこう認知度は高いようだ。

 線香花火だが、可憐な火花が日本的で人気があるようだ。この花火を考案した患者さんは、面白い人で、神様とも縁があるようだ。この花火も神様からの霊感で作ったようだ。

 この間の長野のホーマーでも火を焚いたが、神と火も関係があるのかもしれない。工場内を案内してもらったら、たくさんの木や草花が植えられていた。「ひかりなでしこ」と癒しの里ができればいいのにと思った。

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梅雨をすっきりと乗り切るには

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夕べは、梅雨のせいか変な夢を見た。どうも空気が重い。
今朝は、太極拳を行じ、ヨガを行い瞑想をした。すっかり軽くなった体に新鮮なエネルギーがわき上がる。それは、至福とも言える喜びだ。スポーツで味わう爽快感よりも深く味わい深い。本来ある喜びそのものに帰るといった感覚だ。

 梅雨をすっきりと乗り切るには、太極拳、ヨガ、瞑想の気の流れが勧めだ。間脳をうまく刺激しているので、脳がすっきりすのだろう。

 興味のある方は、薬師堂に気軽にご連絡ください。


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恋は恋酷、愛は哀愁

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 恋も一般的な愛も花と同じでいつか終わる。恋は、恋酷で、終わったあとに酷く落ち込む。愛は、終わると愛終が漂う。

 まあ、これはシャレですが、永遠に続く愛というのには、なかなか出会うことはないようです。

 上江洲先生の言葉にこんなのがありました。

愛を得ようとする者は、愛を失い。

愛を放つものは、愛を得る。

命を得ようとする者は、命を失い、

命を放つ者は、命を得る。

 いずれにしても執着から解放されることが大切なようです。

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都会には、スペースと時間がない

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 10年ぐらい東京で暮らしたが、都会にいる時は、太極拳を練習するにも、良い場所も時間もなかった。そこで眺めのいい水沢で、太極拳の練習がしたくて、帰ってきたようなものだ。東京まで、2時間ぐらいかかるので、なにかを勉強に行くには、正直不便だが、何かをじっくりと練り上げるには、田舎の方がいい。

 最近では、年に一、二度しか東京にも行かなくなった。身近な自然の変化を写真に撮り、こうしてブログを書くだけで満足している。

 夕べも太極拳の友人と一杯飲みながら話し、今朝は、彼から太極拳を教わった。田舎では、自分のうちの庭で太極拳を練習することができる。都会では、とても考えられないことだ。

 その後は、カナダ出身で日本人と結婚して群馬に住んでいる友人を治療し、二人で自然食を出してくれている喫茶店で食事をした。そこは、自分のうちの庭で古代米をつくったりハーブや野菜もつくっている。

 ゆったりとした時間とスペース、そして温泉のあるこの街へ来て、薬師堂で治療を受けてみてはいかがですかお気軽にご連絡ください



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移植法改正の問題

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 臓器移植の問題は、その当事者にとっては深刻な問題だと思う。でも考えてみれば、移植や延命の医療技術がなかった時代には、こうした問題は存在しなかった。みな「さるべきにやあらん」と言って諦めて死を自然に受け入れていた。

鴨長明も言っているように「ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは久しくとどまりたる例なし。世の中にある人と、すみかとまたかくのごとし。

 要は、移植をしてもしなくても、いずれ生命は流れ去り、死を迎え消えてゆく。医療がどんんなに進んでも、死を延期することはできても死からのがれることはできない。ならば、いっそ今ここ、この時において、生死を明らかにして、死の恐怖から解放されて、自由になった方がいいのではないだろうか。

 治療にくるリンゴ農家の患者さんは、今はピンポン球ぐらいにふくらんだリンゴの実を間引くので忙しいという。その前には、花をつむ作業があったという。なぜ、そうしなければならないのかといえば、もし、そのまま放置したらリンゴができすぎて、リンゴの木そのものが折れてだめになってしまうからという。

 今の日本の社会をみていると、まさにできすぎたリンゴだ。若者は減り、老人が増え、社会が崩壊の危機に瀕している。正しい生命観のない医療というのは、かえって社会にとってよくないということだろう。個々の花や実を救うことに汲々として、木そのものを破壊しようとしている。

 生命を肉体と考えずに水のように流れるエネルギーの流れだと考えれば、個人も社会もだいぶ楽になるのではないだろうか。滅せず生ぜずの永遠の命こそ私たちの本来の姿だと思えば、この世や肉体に固執して、自分で自分の首をしめるような生き方はしなくてもすむ。流れる水も命も腐ることはない。

 「知らず、生まれ死ぬる人、いずかたより来たりて、いずかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主とすみかと、無常を争うさま、いわば朝顔の露に異ならず。あるいは、露落ちて花残れり。残るといえども朝日に枯れぬ。あるいは、花しぼみて露は消えず。消えずといえども夕を待つこと無し。」

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覚醒のポイント間脳

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コネタマのお題にちょうどいい落書きがありました。間脳は、脳と体をリラックスしてくれるだけでなく、意識を覚醒してくれる、すばらしいツボです。

 ちなみに第三の眼に坐っているのは、ブルーブッダ。チベット仏教では、薬師如来を青く描いています。薬師堂なのでブルーブッダを描きました。

 みなさんも薬師堂で、体と心の安定をもたらす、間脳の刺激法を学んでみては、いかがですか。

コネタマ参加中: 【落書き】黒目とまゆ毛、口を描くといろんな表情に!

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脳活は、就活、婚活、離活にまさる

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 最近は、就活、婚活、離活といろいろな活動が報道されているが、なんと言っても、「脳活」が一番大切だ。NHKスペシャルで植物状態から回復した女性のことを特集していたが、脊髄に電極を埋めて間脳刺激することによって、脳全体を活性化することで回復しつつあると言っていた。

 そうかやっぱりそうだったのかと溜飲が下がる思いだ。以前から気功やヨガを教えるときに間脳をしげきすることで、自律神経やホルモンの調整を行うが大切ですと強調してきた。ヨガをおしえる時も間脳へ刺激をいれることを中心に組み立ててきた。そこを刺激すると非常に気持ちがよくなって、深くリラックスできるよになってくるのだが、しかもそれは脳を活性化するためのツボだったのだ。

 単に植物状態からの覚醒だけでなく、精神的な意味においても覚醒するためのツボであるよな気がする。意識的に目覚めるためには、ここを集中的に刺激して活性化してゆけばいいように思う。まさに悟りのツボとも言えるかも知れない。

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ゲップに税金

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 ニュージランドで牛や羊の体から排出されるガスに課税しようとしたそうだ。環境破壊、地球破壊の最大の原因は、人類が増えすぎたことにある。それでもなお医療を充実させ、長生きすることばかりが正しいこととされている。人口が少なく、長生きするする人が少ない時代には、長寿は珍しいことであり、大切にされた。しかし、現代のように平均寿命が延びて、だれもが長生きできる時代になるとかえって国の負担が増え、若者のやる気をそぎ、少子化を加速し、社会全体が崩壊の危機を迎えつつある。

 目に見えるものだけが、存在しているという間違った稚拙な考えを改め、我々の本質が、永遠不滅の純粋意識であるということに気がつかないと、この先、人類はますます自由を奪われ、生きている喜びも失いそうである。

 せめて、ゲップやおならぐらい安心してできる社会であってほしいものだ。

 

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喜捨、喜楽。

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 長野で聖者に会って気がついたのは、問題は自分自身にあるということだ。人間、どうしてもだれかに依存したくなってしまう。だれかに引き上げて欲しいと思ってしまう。しかし、そうした欲をすてた時こそ、欲望から解放されて自由になってゆくのだと。

 喜捨、喜んで自分というものを捨て去ってしまえば、うれしく、楽しくなって楽になる。そのために神仏にお布施するのだろう。神仏は、お金なんてほしがっていない、我々が欲望を手放して、楽になるのを望んでいるのだ。

 大事にじっと握りしめている自分のエゴを思い切り、解き放つことが修行の第一歩であり、最後の一歩でもあるのだろう。

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一瞬で自分を幸せにする超脳力

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 この仕事をしていると超能力があるという人に出会うのは、そう珍しいことではない。この間も長野にインドから女性の聖者がくるというので、会いに行ってきた。ドゥルガという女神が彼女にやどり、予知や予言、病気治しなどができるという。

彼女にアドヴァイスされたのだが、今考えると確かに当たっている。神様はすべてお見通しということか。元々は、今回世話役をしてくれたインド人の男性が子供ができなくて、みてもらって子供ができたということから、信じ始めたということだ。そして、奥さんの病気も治してもらったという。そして、日本人で今回世話役をしてくれた人の知り合いが、やはり危篤状態から回復したらしい。それが、切っ掛けで今回日本にお呼びすることになったという。

 日本人の覚者の人の話も聞いているとすごいが、彼のエネルギーを感じているとまんざら妄想ではないよに思う。直接そうしたことを体験しないかぎり、否定も肯定もしないが、この世そのものが幻想と思えば、何があってもおかしくないのかもしれない。

 一番大切なのは、そうした能力があるから幸せであるとは限らないということだろう。気功を教えているなかには、人の心が読めるようになってしまったと言う人もいたが、かえって気持ち悪がってこなくなってしまった。それよりも、脳の中心、アジナチャクラというところに意識の焦点を合わせた時に、一瞬のうちに深い喜びを味わうことができるということのが幸せと言えるだろう。これこそすべての人に伝えたい超脳力だ。

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愛の甘露

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「愛蜜」今日は、気功を教えていて、こんな言葉が浮かんできた。インターネットで調べたところこの言葉自体には、変な意味があるようだが、そういう意味ではなく、悟りを開いて喜びの境地に達した人からは、蜂蜜のように甘いエネルギーが出ているのではないかと思い、この言葉が浮かんできた。

 実際にアマチのそばへゆくとなんともいえない甘い香りがする。おみやげに買ってきたものからも、しばらくはその甘い香りがただよっている。自分の本質を永遠に咲き誇る華であることを体現した人からは、蜂蜜のように甘い蜜が枯れない泉のようにわきでていて、まわりの人たちを癒している。だからこそたくさんの人たちが、蜜に群がるアリのように聖者に引き寄せられてゆくのだろう。

 華のように咲く喜びと蜂蜜のように甘い香り、自らの内に開いた華は、永遠に枯れることのない甘露を周りの人にも与えてくれる。

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あなたは喜びの華

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 あなたは、永遠に咲き続ける喜びの華。
無明とか空とかいろいろと言うけれども、本質において人は、喜びそのものであるということをお釈迦さまも観音さまも言いたかったのではないだろうか。

 「青い海」の気功教室の後は、自然と喜びのなかに引き込まれる。生徒さんも今日は、赤い光が見えたと言っていた。もちろん喜びを体験していた者と思う。人が喜びそのものであることを伝えるためにこうして気功を教えているのだと思う。

 これは体験してみなければ、わからない。

あなたは永遠に咲き続ける喜びの華である これが、薬師堂からのメッセージです。

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川の流れのように

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 昨日は、風の川について書いたが、アンマの文章のなかに川と言う言葉を見つけてので再び引用してみよう。

質問:若い頃アンマは、多くの苦難に遭わなければなりませんでした。それについて何かおっしゃりたいことがありますか。

アンマ:アンマにとって重要なこととは思えませんでした。この世の本質がわかっていましたから。ー中略ー

 不平や悲しみは、自分が肉体そのものだと思う時に起こります真の自己の世界では悲しみはありません。アンマが真の自己について熟考した時、アンマは流れのない池ではなく自由に流れる川であるということが明確になりました。

 健康な人も病気の人もたくさんの人が川に来ます。水を飲む者、体を洗う者、洗濯する者、つばをはく者さえいます。川にとっては、どのように扱われようが重要ではありませんん。ただ、流れるだけです。川の水が礼拝に使われようが、入浴に使われようが、決して文句を言いません。川はただ流れ、中に入ると世話し、清浄にします。しかし、池の水は、流れず、清潔ではありませんし、においを避けられません。

 このことを悟ると、苦難も、受けた愛も、一切影響がなくなりました。なにひとつ重要とは見えませんでした。悲しみは、「私という存在はこの肉体である」と思う時に起こります。真の自己の世界には、悲しみはありません。だれもアンマとは別々ではありませんでした。彼らはこの木に泥を投げましたが、アンマにとってそれは肥料に代わりました。すべてのことは、究極的に役立つためにありました。

 美空ひばりの歌ではないが、自分を川の流れと思い流れ去ってゆけば、なんの問題もないようだ。池のように小さな肉体を自分だと思った時に、悲しみや苦しみにみまわれてしまう。つまり、自分はエネルギーの流れと意識すれば、実に自由で解放されてゆく。

 肉体に固執することが、あらゆる困難の元にあるようだ。しばらく前までは、日本は平均寿命が世界一だとよろこんでいたが、今ではそれが重荷になって、国の将来が見えにくくなってしまった。ただ、肉体を一日でも長く生かそうとすることが、人々の精神を重くしている。永遠に流れ続ける川のようだと思いを変えれば、すいぶん楽に生きることができるようになるのではないだろうか。「青い海」の気功のように川のように海のようにゆったりとした意識の世界に自分を解き放つことが大切だ。

この文章は、最近でた「霊性の哲学」という本に収められています。以下に上げたamazonの本とは、別です。この本が欲しい方は、直接、http://cart02.lolipop.jp/LA02181118/ にお問い合わせください。

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アマチの愛

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 「霊性の哲学」というアマチの本を、この間のダルシャンの時に買ってきた。その中に面白い言葉があるので、引用してみよう。

質問:アンマに会った人は、みなその愛を賞賛します。どうしてなのでしょう。

アンマ:アンマは、誰に対しても特別な愛を示したことはありません。愛は、あまに自然に起こります。アンマは人を嫌うことができません。ひとつの言語しかしりません。それは愛の言語です。愛はすべての人が理解するひとつの言語です。今日世界中で人々が経験している貧困は、無私の愛の不足です。

 すべての人が愛について語り、お互いに愛してると言います。でもそれは本当の愛とは言えません今日人々が愛と思っているのは、金メッキで覆われた安物の装飾品のように「自分勝手」という色で染まっています見た目はちょっとよさそうに見えますが、質が悪く、長持ちしません。

 病気になって入院することになったある少女が退院するときに父親に言いました。
「お父さん、ここの人たちは、とても親切でした。家族と同じくらい私を愛してくれたの。お医者さんや看護婦さんは私を世話してくれ、いつも私にどんな気分なのか訊き、必要な世話はすべてしてくれました。ベッドが用意され時間になると食事が出され、決して怒ったりはしない。お父さんとお母さんは、いつも怒っているけど、そんなことは全然なかった。」

 その時一枚の紙が事務員から父親に手渡されました。少女がそれはなにかと尋ねると、お父さんが答えました。
「ここの人たちがどんなにお前を愛してくれたか言ってたよね。ほら、これがその愛の請求書だよ。

 子供たちよ、これが現代社会で見られる愛というものです。私たちが見る愛の背後には自己中心が隠れています市場の商売の精神が個人の人間関係の中に入り込んでいます誰かに会って最初に心に思い浮かぶことは、その人からなにを得られるか、です。もし、何も得られないと思うと、関係をもつのをしぶります。たとえ関係ができても、得られるものが減ってくると、すぐにその関係は消えてゆきます。現代人の心の中にいかにたくさんの自分勝手があるかわかりますか。その結果として、今人間性が、被害を受けているのです

 最近は、三人家族が一つ屋根の下に暮らしていても、それぞれが離島で生活しているよなものです。
 世界は今、本当の平安と調和はなんであるか、もはやわからなくなるほど退廃しています。この状況を変えなければいけません。自己中心に代わって無私が栄えなければなりません。人々は関係という名で、お互いを安売りするのを止めるべきです。愛が束縛の鎖になってはいけません。愛は命の息吹であらねばなりません。これがアンマの願いです。

 毎年、五月に来日してくれるアマチのダルシャンに通い続けてもう10年以上になる。インドの人たちのように気軽に質問できないのが、もどかしく思うこともあるが、こうしてアマチの言葉を聞くとやはりすばらしいと思う。
 実際に自己の体験につきあわせても、愛には請求書がつきまとうという話は、痛いほどよくわかると言う人が多いのではないだろうか。最近は、「自分勝手」が服を着てあるいているような人が増えているように思う。

 今日の朝の番組で、最近は、外科医が不足してきているというを特集していた。それに対して、手術の報酬をアメリカのように高くすればいいと言っていた人がいたが、それで本当に外科医の負担が軽くなって、外科医を志望する若者が増えるとは思えない。それよりも訴訟のリスクを軽減してあげて安心して、充分の休養をとって、働けるようにしてあげれば、外科医になりたい若者は増えるのではないだろうか。すべてが崩壊寸前の今の日本に必要なのは、アマチの言うよな無私の奉仕の心かもしれない。

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風の川

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 鳥のさえずり、木々と下草を流れる風の音、一瞬、風の川ができ、その流れに意識をまかせる、まだまだすずやかな風が 心と身体を洗い清めてくれる。

 朝、水沢の成人の森に行ってみた。下草が伸びてすっかり、緑も深まってきたが、まだまだ、みずみずしく森を渡る風も心地良い。

 都会にいるとこんな当たり前もことも感じられなくなってしまうのではないだろうか。自然のなかに身を置き自然な心と身体を取り戻す。なにも遠い外国に行かなければ、そうした安らぎが得られないわけではない。今すぐ、すぐそこにじっと我々の意識が向かうのを待っている。

 薬師堂は、身近な自然のなかに喜びと驚きがあることをあなたに伝えます。そして、あなた自身のなかにも喜びと健康の泉があることを。

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無明

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 般若心経を読み進めてみよう。

無無明、亦無明尽。乃至無老死、亦無老死尽。無苦集滅道。無智亦無得。

「空」の世界においては、無明ということも無明がなくなるということもないという。現実の世界には無明がある。無明とは何かというとwikipediaでこのように説明されていたあまりに見事なので以下引用してみよう。

無明(むみょう、avidya)とは、仏教用語で、迷いのこと。また真理に暗いこと、智慧の光に照らされていない状態をいう。法性(ほっしょう)に対する言葉である。

仏教では十二因縁の根源に無明をおく。すべてのは、無明(迷い)を原因とする煩悩から発生し、智慧によって無明を破ることにより消滅すると説く。というものが存在するという見解(我見)が無明である。無常であるものを常住と見るが、それが失われると苦しみを生じる。すべての苦しみはこの無明を原因として発生すると説く。この苦しみを消滅する方法は、初期経典には定型文句として四諦八正道であると説かれている。この四諦、八正道を知らないことも無明である。

たとえば、闇(やみ)について、多くの人は「闇は存在する」と漠然と考えている。しかし、闇に光が当たると、闇はたちまち消えうせる。闇がどこか別 のところに移動したわけではない。つまり、闇は始めから存在しなかったということである。闇は「光の欠如」ということであって、闇と呼ばれる「なにか」が 存在するわけではない。 精神的な「苦しみ」についても、同じようにとらえることができる。智慧の光によって、苦しみはたちまち姿を消す。苦しみが、何か実体を伴って存在している わけではない。 実際には無いものを有ると考えるのは無明である。

 最後の闇の説明は、なるほどと納得させられる。「実際には、無いものを有る」と考えるのが、「無明」であるという説明は実にわかりやすい。我というものが存在するという見解が無明であるという。すべては、一つと考えれば、我というものは、存在しない。「青い海」の気功でしだいに青い海に意識がとけてゆく時、しだいに私という想いも消えて流れ去ってゆく。そして、私と供に、その悲しみ、苦しみも溶けて消えて行く。後には、ただ自由にゆったりと海のようにたゆたう純粋な意識があるだけだ。

 私という意識が消えた世界では、無明がなくなるということも、それが尽きるということもなく。老いて死ぬということもそれが尽きるといこともなく。人生は苦しみだということもなく、その苦の原因の執着で苦しむこともなく、執着がないので悟るということもなく、その方法である仏道をすでに必要としていない。すでに智慧の光で照らす必要もない。

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実感として捉える般若心経

 気功教室でヨガの最後に正座した状態で身体を前に倒し、頭頂部を床に着けて腰をあげてうなじを伸ばす。うなじ伸ばすことで、脳を延髄からひっぱるような形となり、間脳が刺激されて、その後正座すると実に気持ちがいい状態となる。ヨガを取り入れているのは、脳脊髄を伸展して最後にこの間脳に刺激をいれるてめだ。自律神経とホルモンの中枢である間脳の活性化は、脳内快感物質の分泌を促し、とても気持ちの状態になるだけでなく、自律神経のとホルモンの調整によって、全身の健康がもたらされる。

 しばらくそのまま目を閉じて、かるく瞑想してもらった後に、生徒さんに感想を聞いてみると、大概の人はたいへん気持ちがいいと答えてくれる。なかに「周りの音がまったく聞こえなかった」というほど深く入って生徒さんがいた。

 般若心経で、是虚空中、無色無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、無眼界乃至無意識界とあるが、これは深い瞑想状態に入った時には、思考とそれを認識する働きが停止し、感覚が遮断され、色も音も香りも触覚のなくなるということを表している。

 無色無受想行識は、五うんのことで色は、物質、肉体に受は感受作用、想は、想念、行は、意思、識は、認識に対応している。眼耳鼻舌身意は、六根と言って感覚器官を、色声香味触法は六境といって、それに対応した感覚の対象を、無眼界乃至無意識界は、六式といって、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識とそれぞれに対応した知覚作用を表している。

 要するに「空」の状態とは、脳の中心部に血液と意識が集まった状態で、思考や知覚作用が停止し、外界から切り離された状態といえる。また、その状態は、脳から快感物質が放出されとても気持ちが良い状態でもある。

 本来の自分自身が、こうした気持ちの良い状態であるということを般若心経は説いていると説明するととてもわかりやすく。入りやすいと思う。この説明の後にある生徒さんに感想をきたら、私も覚えてみようと思うと言ってくれた。言っていることをわかって受け入れていることがわかってうれしかった。

 また、ある生徒さんは、最近、仲の良かった妹さんを亡くしてショックを受けていたのだが、墓石に「空」という文字が書いてある意味がわかったと喜んでくれた。また、気功教室に通うようになって、ぐっすり朝まで眠れるようになったという。

 般若心経は、昔から日本人になじみ深いお経だが、「空」ということも実は、身近で役に立つ世界なのです。薬師堂では、気功やヨガを通してそれを簡単に実感することができます。すべての人が、自分の思いこみの世界から解放されて自由で気持ちの良い世界を体感することを願います。

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患者さんの感想です。

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良いです。
薬師堂の先生には、大変お世話になっています。
5月、サロマ湖100キロマラソンにくけて練習してたところ、GWに突入したとたん、練習をしたんだけど足が痛くて、走れませんでした。そこで薬師堂にいき、徐々に治療してもらったところ少しづつ走れるようになり、6月に行われたサロマ湖100キロマラソンは無事完走できました。少し練習が多くなると走れなくなるので、それから定期的に通い治療しています。

 この患者さんは、40代で陽気な方です。サロマ湖の100キロマラソンでも、走りながら笑顔を振りまいている様子が目に浮かぶようです。ご夫婦で参加していて、同じ趣味で端からみていていも、楽しそうなカップルです。奥さんも定期的に治療に通ってくれています。いろいろ悩みごとなどにもお答えして、心の健康にも役立つ治療を目指しています。

 ランニングなどなさる方は、こちらのご夫婦のように普段から定期的に身体のケアを薬師堂でなさることをお勧めします。

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最高の夕暮れを取り込む

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 昨日の夕暮れは、この一年で最高かと思わせるほどのすがすがしい夕暮れだった。そのすがすがしい空気を風を自分の体内に取り込むために、太極拳を舞った。気功や太極拳は、自然と会話するためのすばらしい方法だ。

 動いているうちにすんだ空気と一体化し、そよ風になったように流れてゆく。自然のなかに自分がとけ込んで消えて行く。自由自在、融通無碍、なんの障害も思い煩うこともない、ただ、自然と一体になって動いてゆく。

 風、澄んだ空気、夕焼け、自然は、自分であり、自分は、自然そのものだ。

こんな気分を味わいたい方は、ぜひ、薬師堂にご連絡ください。あなたも自由自在な流れの一部なのです。

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般若心経は、思いこみのボタンを外してゆく

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 思いこみと条件付けが、私たちを小さな肉体のなかに閉じこめているとこの間書いたが、般若心経は、そうした思いこみをボタンを一つづつ外していることに気がついた。

 観自在菩薩とは、原子や素粒子のように微細なものから、宇宙のように広大なものまで、自由自在に見ることができる意識の状態に達した人という意味だろう。そうした見方で、この世を観察した時に、まず、生じるということがないし、滅するということもないと一番根本のボタンを外している。

これは、言い換えれば、「生まれるということも無ければ、死ぬということもない」という意味だろう。生まれることは、ともかく「死」や人類の「破滅、消滅」ということは、いつの時代にも一番気に掛かることだ。「死」はだれも避けることはできないし、この問題を解決せずに逃げていると、いつも心のどこかに恐怖がある。また、最近は、2012年で何かがおきて人類が淘汰されるという説がもてはやされているが、滅することのない世の中ならば、不安や恐れをいだく必要もない。

 そして、具体的に一つ一つ思いこみのボタンをはずし、解放してゆく。不垢不浄、本質において、汚れるというこもなければ、清まるということもない。自分は、汚れていると思いこんでいる人にとっては、この言葉は随分救いになるのではないだろうか。この思いこみを取り去るために、滝に打たれたりするのかもしれない。

 不増不減、増えると言うこともなければ、減るということもない。株価が上がったらと言って喜び、下がったからといって悲しむ、体重が増えたと言って悲しみ、体重が減ったと言って喜ぶ。これらは、シーソーの端に意識の重点を置いているからで、増える減るという思いこみのボタンを外し、シーソーの中心に意識の焦点をあわせれば、増えることも減ることもない、深い喜びのなかにいることができる。

 そして、さらに具体的に細かく思いこみのボタンを外して行く。このお経を唱えることは、何度も何度も身にしみて、自分の思いこみを解除して、解放され自由になってゆくことだ。

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草薙剛といい人症候群

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 草薙剛が活動を再開した。お巡りさんや学校の先生など、周りからいい人でいることを強要されている人たちは、時にとんでもない過ちを酔ってしでかしてしまう。普段、周りの期待に応えようといい人を演じているために、つい酔ったひょうしに抑圧していた本音がでてしまう。

 特に親の期待を背負って、一生良い子を演じ続けるとしたら、それはたいへんなことだ。人を自分の思いこみで縛らない、また、縛られない。本来の自由を取り戻すことが、人間にとって一番大切なことと思う。

 そうした生き方をしていれば、酔っぱらったからといって、人に迷惑をかけるような行為には至らないだろう。

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我は無限の意識なり

昨日は、桐生に上江洲先生の光話を聞きにいってきた。上江洲先生は、沖縄出身の覚者で飾らない人柄で、とてもシンプルにわかりやすく真理を語ってくれている。話の内容もすばらしいのだが、いしょにいる時に感じるエネルギーのすがすがしさが好きで通っている。

 特に昨日の会では、いっしょにいるだけで、しだいに思考が停止、脳の中心部が心地良さで満たされてきた。上江洲先生は、別段、瞑想状態に入っているわけでもなく、普通に話をしているのに不思議である。すでにある意識のレベルに達した方からは、その中心から絶えずエネルギーがながれでているのだろうか。

 上江洲先生が言うように、我々は、本来、神であり、愛であり、無限の意識であると思う。それが、長年の思いこみや条件づけによって、この小さな肉体であるという錯覚に陥っているだけなのだろう。確かに、この小さな肉体のなかで、長年くらしていれば、それが自分自身だと錯覚してもしかたのないことだ。むしろ、そのではなく無限の宇宙と同じくらいの存在だと気がつき実感として理解することが、実にすばらしいことだし、めったに起こることではない、希な出来事と言えるだろう。だからこそ。こうした上江洲先生やアマチのように実際にその心理を悟った聖者や覚者の存在はありがたい。彼らがいなければ、永遠にこの変化する現実の中で迷い苦しむことになる。

 あらゆる苦悩の原因が、この思いこみと条件づけにあるなら、それを少しづつはずしていけば、しだいに解放された自由な本来の姿に帰ってゆくことができるというこだ。

 そのためには、「青い海」の気功もいいし、上江洲先生の法玉瞑想もお勧めです。なんといっても、そのシンプルさが、すばらしい。

 

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夜眠れない人のための就寝中における意識の運用

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 この間来た患者さんは、ジムに通ったり、ゴルフをしたりと身体は引き締まって、一見健康そうだが、よろ眠りが浅く、夜中に目が覚めるとなかなか寝付けず、朝起きると身体がだるいという。

 気功にきている生徒さんたちは、夜もぐっすり眠れるようになって、ほんといいよと見学にきた人たちに勧めてくれる。気功のゆっくりした動きが身体と心をほぐし、大脳の緊張をとって意識と血液を脳の中心部間脳に集めるので、自律神経やホルモンの分泌の調整をして、自然とゆったりとした深い眠りをもたらしてくれる。

 いわゆるスポーツが好きな人には、こうした動きはにがてなのかもしれない。気功というのは、身体の運動というよりも、むしろ、意識の運動ともいいもので、運動と瞑想の中間に位置するようなものだ。ただ、動くのではなく、「意識」「イメージ」「呼吸」と使うことによって、よりいっそう深い意識状態を体験するためのものだ。動きになれて深く入れるようになると非常に気持ちが良い。まるので美しい夢の中をさまようようだ。

 ただ、動くのではなく具体的に意識を使って動くという「意識の運用」ということが、とても大切であるということがわかってくる。同じように夜眠れない場合は、うまく意識を運用することで深い眠りに入れるように工夫することが大切だ。

 具体的には、単純な言葉を繰り返し唱えることを勧めている。今は、般若心経を唱えることを勧めているが、もっと短い自分の好きな言葉でも別に問題ないと思う。ただ、般若心経は昔から、唱えられているものだし、お経そのものにカルマを解消するといった効果もあるだろうから、いろういろな因縁を解消するいう意味においても効果があるよに思う。

 要は、単純な言葉を繰り返すことで、しだいに大脳の緊張と働きを抑え、しだいに脳の中心部に意識と血液をあつめ、自律神経やホルモンの働きを調整して、自然に眠くなってゆく状況をつくりだしていくことにある。こうすることで朝をおきるとすっきりとさわやかで元気に満ちた自分に帰ることができる。

 詳しいことは、遠慮なく薬師堂にお尋ねください。

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万歳!

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 一番楽しかった歳と言っても正直困ります。楽しかった後にはけっこう辛く悲しいことがセットでやってくるものですから、一年間通して、楽しいということはなかったような気がします。

 苦しい体験の後にカナダに行って、いい年してカナダの友達の家族といっしょにメリーゴランドに乗った時は、楽しかったな。はずかしくて歳は言えませんが、しかし、その後、しっかりジェットコースターのように落とされました。この歳になると喜びと悲しみは、必ず、セットでやってくるということがよくわかります。

 だから、うれしいからと言って、ぬか喜びしないことが大切ですね。

むしろ、自分の内面に意識を向ければ、いつも変わらず喜びの海が迎えいれてくれます。

自分のなかに喜びを見つけるということほど、簡単ですばらしいことはありませんね。


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なんでも相談掲示板

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このブログを読んで質問したいこと相談したいことがありましたら、「なんでも相談掲示板」に気軽にお書きください。気功的観点からお答えします。

http://yakusidou.bbs.coocan.jp/

では、お待ちしています。

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人を裁かない

 よく人を裁いてはいけないと言われるので、実際、裁判員になったら困ってしまいそうだ。どうせなら民事裁判で企業犯罪や庶民に不利な裁定を覆す方がいいのだが。

 仕事とのかねあいも問題になりそうだ、自営業なので、だれかが穴埋めしてくれるわけではない。自分がいなければ、仕事にならない。みな痛みがあったり苦しくなってくるので、肝心の時にいないのでは、だれもこなくなってしまいそうだ。

 もともと日本人は、小学校の教育からただ詰め込まれるだけで、自分で判断する習慣がないので、結局、だれかのいいなりの判決しかだせないのではないだろうか。

 

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いかにして精神的なショックから立ち直るか

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 今年もアマチが、来日してくれている。今日は、神戸でダルシャンをしているはずだが、新型インフルエンザの影響は、大丈夫だろうか。たくさんの人が、アンマのハグを受けられるといいと思うが。

 突然の親しい人や愛する人の死や喪失というのは、たいへんなショックを我々に与えるものだ。そうした時は、谷底に突き落とされたようで、自然とだれかにしがみつきたくなるなるものだ。そうした時にアンマは、優しく私たちを抱きしめてくれる。永遠の母として、すべての人の悲しみ苦しみをくみ取ってくれるのだ。彼女にとっては、すべての人が彼女の子供のようで、そうすることが彼女の喜びでもあるようだ。我々、悩める衆生にとって、実にありがたい存在だ。今、苦しみの渦中にある人は恥も外聞もすてておさなごのように彼女の腕の中に自分を投げ出してみると良いと思う。上昇する愛のエネルギーが、あなたに喜びと再び生きる力を与えてくれるだろう。

 今、気功教室に通い始めた方で、つい最近、妹さんを亡くしてたいへんなショックを受けて、夜の眠れず、睡眠薬と安定剤を飲んでいるという方がいる。気功がこうした症状に良く効くと誰かに聞いて習いに通いはじめた。

 昨日、その説明を教室でしたのだが、なぜ、気功がそうした精神的なショック状態に効くのかというと、そうした時には、目には見えないが、心臓の周りでそれを保護している気のバリアーが壊れてしまうのです。

 ハートブレイクとは、良く言ったもので、実際そのようなことが、気のレベルでは起きているといえるでしょう。したがって、気功を練習して気の流れを良くしてゆくことによって、しだいにその壊れたバリアーが、回復してくるからと言えるでしょう。

 また、なぜ、壊れるかといえば、エネルギーのレベルでは、親しい人との間にエネルギーの交流がおきて、心と心がつながった状態になっているからと言えるでしょう。気が合う仲のいい人との別れほど辛いものになるわけです。

 もう一つお勧めしたいのが、般若心経を読むことです。これは、Heart Sutara というくらいですから、心臓に直接効くようです。教えの内容もすばらしいですが、声にだしてそれを読むことで、しだいに心が元気を取り戻し、その振動が壊れたハートの気のバリアーを回復してくれます。これらのことは、すべて自分が実際に体験して悟ったことですので、困っている方がいたら、ぜひ、試してみて頂ければと思います。

 詳しいことが知りたい方は、遠慮無く、メールで問い合わせるなり、直接に治療院にいらして頂ければと思います。

 アマチの情報は、ここをくりっくしてください。

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不死鳥

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この間の夕方、北西の空に鳳凰が浮かび上がっていました。

自然のもたらすメッセージか。不死鳥のように何度でも生まれ変われということか。

不景気だと思いこむから、景気もどんどん悪くなる。その思いこみと恐怖を手放せば、また、しだいにいい方向に回ってくるのではないでしょうか。

 この世の状況は、すべて人が創り出している。すべてが夢のような世界なら、いい夢を見たいものです。

 ゴールデンウイークに大挙して海外に押し寄せれば、かならず新型インフルエンザは日本に入ってしまうといういことは分かり切ったこと。今では、メキシコ、アメリカ、カナダについで4番目に多い患者がでているという。そのために関西への修学旅行が中止あるいは延期されてしまうのは、かわいそうな気がします。

 アメリカでは、弱毒性ということですでに必要以上の規制は取りやめているといいます。
まずは、恐れと不安を手放して、冷静に対処することが大切と思います。

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自然は大きなホスピタル

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どこかの会社のキャッチコピーだったが、確かにそうかも知れないと思った。

今朝は、いつもの森に行って太極拳を舞った。昨日受けたダメージも自然のなかで太極拳の練功しているとだんだんと回復してくる。森中のエネルギー が集まってきて癒してくれる。松林は、その花粉で白く煙るようだったが、その一粒一粒が良薬となって体を癒してくれるようで気持ちいい。

 すべてを捨てて森の中に入っていくという林住期という言葉があるのが、わかるような期がする。森にはい人を癒す力がある。文明という幻想から目覚め、本来の自然な自分に返す力がある。

 今、人間が森を破壊しているが、それは自ら帰るべき故郷を破壊しているのに等しいと言えるだろう。

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夜明け前

 最近は、朝、意識が目覚めてから起きあがるまでの時間が非常に充実している。以前は、早く目覚めてしまうとなんだか中途半端で、もう一度寝るかあるはこのまま起きあがるか迷ったものだ。しかし、布団のなかで目を閉じた状態で般若心経を唱えているとしだいに体が充実してきて、すっきり目覚めることができる。

 起きあがった後も、別に体重が減った訳でもないのに、体が非常にかるくなったように感じる。実にさわやかな朝を迎えることが多い。

 不眠や体のだるさで悩んでいる人は、ぜひ、一度試してみるといいでしょう。

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ヒマラヤ聖者の教え

今週は、「ヒマラヤ聖者の教え」という本を読んだ。けっこう分厚い本だったが、内容的に面白かったので、一気に読んでしまった。ヒマラヤから来た聖者がアメリカに渡ってヨガを広めて行く姿を書いた本だが、弟子の癌を自分の体に移し、ヒマラヤに帰り今度は樹に移したりと言った信じられないようなことが書いてあった。

 そのほかにも虚空から物を取り出したり、また、その力もヨギのレベルによって違うということが書いてあったりとなるほどと参考になった。アメリカでヨガを普及していたスワミジが、こんな本音をもらしていたことも面白い、「君らの国で健康や仕事、瞑想の手助けをすることからも手を引いた。実に消耗するんだ。君らはかたくなで、君らが思っている以上に難しい事なんだ。アメリカは個人主義が強すぎる。それが何かを築き上げてゆくことを難しくしてしまっている。」

 なかなか聖者ともなるとこんな本音は言えないものですが、それをさらりと言ってしまうところが、彼の魅力かもしれません。興味なある方は、ぜひご一読をお勧めします。

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寝ながら心を鍛える

 寝ながら般若心経を唱えていると、朝方には、元気いっぱいになる。今日も一日がんばろうと勇気がわいてくる。心臓からエネルギーが湧きあがり両手を気でいっぱいに満たす。今のように難しい時代では、次から次へと押し寄せてくる問題の波に飲み込まれないようにするのが大変だ。自分なりにそうした問題に巻き込まれないための方法を準備しておくことが大切だと思う。

 昨日も気功に来た生徒さんが、妹さんの死のショックや両親の介護で、5キロも痩せて、夜眠れず睡眠薬を飲んでいるので、それが治ると聞いて気功を習いに来ましたと言っていました。皆それぞれに悩みを抱えていることに改めて驚かされました。簡単な理由では、習いにきてくれないものです。気功ももちろん効果がありますが、どうせ夜眠れないのですから、そう言うときは、焦らずに般若心経を唱えているといつの間にか、寝てしまうということを教えてあげたいと思っています。

 般若心経は、Heart sutraというだけあって、心の傷には良く効きます。全部覚えるのが、大変な人は、

観自在菩薩 行深般若波羅密時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

とこの句を唱え続ければ、いいのではないでしょうか。すなわち、観自在菩薩が深い瞑想状態に入った時に、この世の一切が幻想であると悟って、すべての苦しみ厄から解放されたという意味でしょうか。 この句を何回も何回も唱えることによって、自分の細胞の一つ一つにまで、すべてが幻で実体がないということを染み渡らせるで、やっと安心して眠れるようになってきます。それを心に焦点をおいて唱えれば、心臓からエネルギーがわき上がり、生きる元気が湧いてきます。

慣れてきたら
Gate Gate Paragate Parasangate Bodhi Svaha  般若心経と真言を唱えるのもいいかもしれません。

こうした歌できくと実にきれいですね。

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自然の風を感じる

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 五月病を乗り切るには、自然の風を感じてみてはいかがだろうか。今日は、朝方、水沢に行く用事があって、五月のしだいに緑が濃くなってゆく、水沢山を撮ってきた。林を抜ける風も心地よく、今が一年で一番良い季節と感じることができる。

 こんな季節に落ち込むのは、もったいない。もう一度、自分の周りに目をやって、すばらしい季節の中にいる幸せを思い起こしてみるといいかもしれない。

 後は、寝ながら般若心経は、やはりお勧めです。最近は、妙に体が軽くなってきた気がします。体重は、以前と同じなのに体が透明になってしまったように軽く感じます。これも一種の精神的な浄化作用かもしれませんね。

 後、玄米を食べると体から元気が湧いてくるのを感じることができます。お昼に間に合わせのパンをたべても元気は湧いてきませんね。

 要するに、自然こそ五月病を癒す最高の薬ということでしょうか。

薬師堂で治療を受けるのもいいかもしれませんね。



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そりゃやっぱり五月でしょう

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 一年で一番いい季節は、今のこの季節でしょう。寒い冬が終わってほとしているし、空は五月晴れで、夕方になれば涼しくて気持ちがいい。自分が生まれたのも五月の末なので、余計に好きなのかもしれませんが。

 6月は、梅雨になってしまうし、7月なれば、もう暑い。五月が一番、ほっとできる季節ではないでしょうか。まだ、山に行けば新緑もきれいでしょう。しだいに濃くなっていく緑を見ていると、ついこの間まで枯れ木でなんの葉もなかったのが、嘘のようです。

 また、新しいなにかが始まるようなそんな期待感があります。不況もどこかに吹き飛んでしまうようなそんな気がします。

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相手を活かす愛

Gazou_1476

相手を活かす愛というものが、最近、実感としてわかってきた。
これまでの愛というものは、実は、自分の相手への執着にすぎなかったこともわかるし、その執着が自分を苦しめていたことも、今では、よくわかる。

 こうしたことは、やはり、それなりの体験を通してしか学ことはできないように思う。
観念的に語ることと実際に体験を通して学ことでは、意味が違うようだ。この世に生まれたのも、そうした体験によって学ぶためなのだろう。

 相手の喜びを自分の喜びとして感じ、相手の幸せを自分の幸せとして感じる。この単純な愛を理解するまでに、ずいぶん長い時間がかかったように思う。表面的ではない、深い愛が命の元に流れている。

 もし、愛の問題で悩んでいる方がいたなら、一度その想いを手放してみることをお勧めします。そうすれば、本当に相手のことを想っているのか、あるいは、単に自分の執着にしかすぎないないのか、よくわかってきます。

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やさしい異空間

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 先週の土曜日、いとこで地元でシャンソンを歌っている今井ちづことダンサーの木内 和さんという女性のパフォーマンスがあった。オリジナルの詩と歌とダンスの組み合わすで、久しぶりに面白かった。

 大学時代は、能楽研究会というのに入って能を学び、その後、転形劇場という赤坂のTBSの裏にある劇団で一年間、研究生をやった。転形の芝居は、小さな二階建てのモルタルのアパートの内側が舞台なのだが、その名の通り、劇場内の空間が新しい劇のたびに変容していくような、そんな面白みのある演劇だった。当時は、早稲田小劇場と並び称される劇団だった思う。海外公演もよく行っていたように思う。

 青山にある鉄扇会の能舞台を借りて公演した、「小町風伝」は、登場人物が一人づつ箪笥や家具をゆっくりと橋掛かりを運んできて、舞台上にアパートの一室ができあがるという面白い内容で、そのユニークさと空間に対する感性の高さ、老婆の妄想の世界が舞台上で展開するおもしろさと群を抜いた作品だった。

 転形の演劇は、要するにドラマの展開を見せるのではなく、能を同じように役者の人間の存在感を浮き彫りにしていく、「存在の演劇」だった。

 つまりは、「私は誰か」ということが、そこでは、問われていたのだと思う。それは、その後私がたどった瞑想、禅、気功、太極拳、治療とすべての根本にある人生のテーマとも一致している。

 転形出身の役者で大杉蓮さんや品川徹さんの活躍している姿をみると今でもなんとなくうれしくなる。



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一命一体ということ

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 新緑が眩しい今日この頃。ようやく春の日差しの中で、ほっとできるようになってきました。今週の火曜日、桐生に上江洲先生という人の話を聞きに行ってきました。師は、沖縄出身の覚者です。その会場に行くと気持ちのいいエネルギーに満たされているので、自然と瞑想状態になります。

 悟りというとなんだか自分とは、縁の無い言葉のように思いますが、彼の説く言葉は、非常にわかりやすく、また、エネルギーに満ちていますので、自然と体に染み込むように入ってきます。過去の誰かが語った言葉を引用する必要もなく、師そのものの中からわき上がってくる言葉だから、抵抗なく聞くことができるのでしょう。

 「我は神なり、神は我なり、我と神とは一体なり」とよく語られます。この間、はじめてこの言葉が、なんの抵抗なく体の中に入ってきました。神というと、ゴットのことかとかいろいろ考える人もいるかと思いますが、この場合の神とは、我々の中心にある意識、真我であるとか本来の自己、あるいは愛、真理といった意味でしょう。

 そして、この世に存在するものは、その本質においてすべて一つにつながっているといいます。師がそのことを実感をもって語ると確かにそうだと納得できます。普段は、敵として戦っていたり、だましあったりしている人たちもその本質においては、実は一つだという。

 観念、概念が人々を分けて、分裂させてしまっている。そのことに気づけば、死を恐れる必要もお金を自分のもとにかき集めて独占しようとする必要もなくなり、本当に平和で安心できる世の中と築くことができるかもしれません。本来、人は「一命一体」であるようです。

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何かをするからには、本当の本物を求めよう

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 昨日と今日は、陳氏太極拳を中国人の家元のような先生から、ずっと習っている友達と山に行って練功してきた。やはり、本物というものは、違う。同じように陳式を長年練功してきたが、残念ながら、形のみに終始する先生についていたので、深めることができなかった。物事を習うなら、本当の本物につかないとその習った時間が無駄になってしまう。

 何事においても本当の師に出会うまでがたいへんだ。本当の師に出会った時にすでに道の半ばは、達成されているといえるかもしれない。20年前に太極拳を教えていた公民館活動のグループがあった。習うのに礼を失った態度を示したので、そこで教えるのを辞退した。その後、裏切るような形でそこの会に残った生徒の一人は、ガンになってなくなってしまったし、もう一人は体をこわしてしまったらしい。

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