恋愛

夢二が愛した人、そして山

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 昨日は、友人のピアニストを紹介するために伊香保の夢二館に行ってきた。館長の木暮さんは、以前から患者さんとして通ってくれていたので、とても丁寧に説明してくれた。

 明日から夢二が愛した笠井彦乃さんとの絵や歌の展覧が始まるという。以下に館長の木暮さんの文章を載せてみよう。

青山河物語

夢二の永遠の恋人……彦乃
その彦乃との恋は人目をしのぶ、哀しく、はかない恋

彦乃は焦がれる思いを手紙にたくし、
ひそかに  山より
        河さまへ……と、書き送った
夢二はそれに応えて、
        河より
        山へ……と、返事を書いた

1920年(大正9年)1月。彦乃は、わずか25歳の短い一生を終えた。
その時、夢二は37歳。夢二の心にその悲しみは生涯のこった。
その心の傷を癒すかのように、夢二はそれから「山」を、榛名をこよなく愛した。
「青」は、なぜか夢二が好んだ言葉と色彩
「山」は、夢二が愛した彦乃
「河」は、夢二自身

1931年(昭和6年)5月
夢二は、希望に燃えてアメリカへ船出した。
しかし、遠く離れたアメリカの生活も夢二の心を癒すことは出来なかった。

翌年、早く榛名へ帰りたい……。望郷の念にかられ、夢二は「青山河」を描いた。
そして、その絵の裏に
     山は歩いて
     来ない。
     やがて私は
     帰るだらう。
     榛名山に寄す
     千九百三十二年九月九日
   欧州へたつ前夜 
   坂井詞兄に
   謹呈
             夢生

 榛名山を愛する者として、夢二の榛名への想いは、実にうれしい。同時に女性を深く愛する者として、彼の山への想いもよくわる。
 館長の木暮さんが言われていたが、始めは夢二は単なる女たらしのようで好きではなかったが、よく調べるうちにそうでないことに気がついたという。彼は、真剣に深く女性を愛していたのだと、そして、うつくしく愛すしていたことに気がついたという。

 「山」、「河」なんて暗号みたいで面白いが、そこには二人の切ない想いが込められていたようだ。

夢二伊香保記念館に行った帰りは、薬師堂にお寄りください。

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